iPhoneとそのアプリの登場で、もはや時間と場所の制約がなくなった「ゲーム」。なぜ、老若男女問わず、これほどまでに病みつきになってしまうのだろうか?
約15年間、自らもアルコール依存に陥っていた記者が、綿密な取材と実体験をもとに著した『依存症ビジネス』は、テクノロジーとビジネスの共犯関係、さらに社会が依存症を生み出すカラクリを暴いた。こうした現象は、「危険ドラッグ」にまつわるニュースが日常に溢れ、過去にはスマホゲームへの課金が社会問題になった日本人にとっても、決して無関係ではない。第3回となる今回は、あまりにも巧妙にデザイン、製品設計されたゲームの内幕に迫る。
アングリーバードと「A/Bテスト」
――あなたが何にハマるかは、ゲームがすでに知っている
快楽に関する科学は、あらゆる企業のマーケット戦略で、いよいよ大きな役割を果たすようになってきた。ショッピングモールで焼きたてのドーナツの匂いを漂わせる企業のレシピは、キッチンで生まれたものではない。それは、研究所で徹底的に研究開発されたものだ。この点において、アップルは群を抜いている。消費者に製品を押しつけるという粗野な風味を、うっとりするようなミニマリストの美学で包みかくし、これほど精妙な欲望のカクテルを生み出す技は、他社の追随を許さない。
「iPhoneは、他のどの製品にもまして、消費者を病みつきにさせる戦略をテクノロジー業界に広めた」とヤノポロスは言う。「アップルの天才的なマーケティングとデバイスのデザインに徹底的にこだわる姿勢は、iPhoneアプリの制作などを行っている開発者たちの生態系全体に浸透している」と。
ヤノポロスは、「アングリーバード」の例をあげる。この素朴なコンピューターゲームのアプリは、2011年5月までに、2億回もダウンロードされた。アングリーバードの遊び方はシンプルだ。プレイヤーはスリングを使って鳥を放つ。その際、鳥が描く軌道を予測して、発射の力と角度を決めるのだ。こう聞くと、まったく無害なゲームに思える。
しかし、このゲームにハマって往生している人はあまりにも多く、そんな状況を改善するためのセルフヘルプ・サイトが、インターネットのあらゆる場所で生まれているのだ。
自称アングリーバード中毒者たちは、なぜゲームをやめることができないのかわからないとぼやき、無意識のうちにテーブルの表面を指でなぞって、スリングショットの動きを再現していると言う。こうした行動は、アルコール依存者や薬物乱用者がとるちょっとした儀式的行為に、やけに似かよっているように思える。
iPhoneゲームの開発者に求められる最優先の仕事は、脳の報酬回路の利用法を学ぶことだ、と示唆したとしても、陰謀説には当たらない。開発者たちは、それが事実であるとオープンに認めているからだ。2010年にロンドンで開かれた「バーチャル・グッズ・サミット」では、アングリーバードを生みだしたロヴィオ社の主任技術開発者ピーター・ヴェスターバッカが、同ゲームを病みつきなものにする方法について説明した。
「ぼくらは、単純な“A/Bテスト”手法を使って、人々が繰り返し戻ってくる対象を突きとめています。もう、推測する必要などありません。ユーザー数がこれほど膨大になったので、ただアルゴリズムに数値を計算させるだけでよくなったんです」