iPhone、フラペチーノ、危険ドラッグ、お酒、フェイスブック、アングリーバード、オンラインポルノ……。私たちはなぜこんなにも簡単に「病みつき」になるのか?
約15年間、自らもアルコール依存に陥っていた記者が、綿密な取材と実体験をもとに著した『依存症ビジネス』は、テクノロジーとビジネスの共犯関係、さらに社会が依存症を生み出すカラクリを暴いた。こうした現象は、「危険ドラッグ」にまつわるニュースが日常に溢れ、スマホゲームへの課金が社会問題になった日本人にとっても、決して無関係ではない。第1回となる今回は、いかに我々が「ついつい手が出るもの」に囲まれているのか、そしてそこに潜む危険性についてレポートしよう。
私たちを取り囲む「無害を装う」モノたち
21世紀のカップケーキ、それは驚くべき代物だ。たっぷりかけられた砂糖衣やバタークリームの重たい層の下で、素朴なスポンジの土台がうめき声をあげている。それは子どものバースデーケーキに似せて作られたもの。たしかに「誕生日」は、近所のしゃれたベーカリーにいそいそと出かけ、カップケーキを大箱に詰め込んで買ってくるには格好の口実だ。
カップケーキのレトロな魅力は、糖分や脂肪分のとりすぎといった懸念を押しやってくれる。「お母さんの味!」――広告はそう謳う。たとえお母さんにカップケーキを焼いてもらったことがなくても、お利口さんぶったパステルカラーの砂糖衣を見れば、ひと口食べたとたんに幼い頃の思い出に浸れるような気がしてくる。そんな食べ物が、ジャンクフードのはずがない……そうだろう?
お次は、現代の暮らしのどこにでも顔を出すもう1つの製品、iPhone。もともと、クールさを顕示する自意識過剰なガジェットだったiPhoneも、アップル社の天才的マーケティングのおかげで、今では車の鍵と同じぐらいありふれたものになってしまった。
無数とも思われるiPhoneの所有者は、大量のアプリを使っている。その機能は、GPSを利用した位置情報から、時間を浪費することがわかっていてもどうしてもやってしまうゲームまで、多種多様。iPhoneにそなわっている機能は、携帯電話に必要なものをはるかに超えている。だとすれば、アップルがつい先日発売した新製品に買い替える必要などないだろう……それとも?
そして、バイコディンがある。アメリカでもっともよく処方されている鎮痛剤。というより、アメリカでもっともよく処方されている「お薬」だ。2010年に発行された、バイコディンの処方箋は1億3000万枚。そして同じ年、バイコディンが属す麻薬性鎮痛薬のクラス用に発行された処方箋は、合計2億4400万枚におよんだ。
バイコディンは強い薬だ。ヒドロコドン(習慣性のあるアヘン類縁物質(オピオイド))とパラセタモール(習慣性はないが、多量に摂取すると肝機能障害を引きおこす)という2種類の鎮痛剤が配合されている。この薬のそもそもの目的は、病院の待合室で悲鳴をあげてしまうほどの激痛、つまり、ぎっくり腰や、虫歯が巣くった親知らず、末期癌といった症状がもたらす耐えがたい痛みの緩和だ。
こうした薬をこれほど大量に飲んでいるとすれば、アメリカ人たちは、ひどい痛みにさいなまれているに違いない。いやそれとも、何百万人ものアメリカ人たちは、たいして悪いところもないのに、バイコディンがもたらしてくれる、心地よくてうっとりするような幸福感なしには、すませられなくなってしまったのだろうか?
カップケーキとスマートフォンと一般的な鎮痛薬。まったく無害に見えるこれら3種の製品は、職場のデスクの上に置きっぱなしにしても、だれも眉をひそめたりはしない(カップケーキは食べられてしまうかもしれないが)。3つすべてを一度に利用することだってわけない。スマホでメッセージをチェックしながら、腰の痛みを抑えるためにバイコディンをコーヒーで流し込み、おいしいカップケーキのトッピングをつまめばいいのだ。
しかし、この3種類のありふれた製品は、どれもやっかいな問題をもたらす可能性がある。というのも、これらは、依存的行動、それも無防備になっているときに、こっそり忍びよってくるような依存的行動を強めかねない欲望の対象であるからだ。これから見ていくのは、たとえその事実に気づいていなくても、そして完全に依存症に陥ることがないとしても、いよいよ私たちの多くが何らかの形の依存的行動に引き込まれつつある社会環境だ。