世の中には無数の「私」がいて、その無数の「私」が集まって社会を構築しています。したがってデカルトにしたがうと、自分にとって別の人は他者であり、それはもう自分とは関係のない、あまり大事ではない人になってしまうわけです。
ところが、同感という他者との関係性に着目することで、スミスはむしろ人間が複数の人の間の同意を前提とする間主観的な存在、あるいは社会的な存在であることを明確にしたのです。実際スミスは、この同感という概念が社会の秩序を形成していると考えます。それこそが『道徳感情論』の主題であり、またその経済秩序への応用が『国富論』にほかならないのです。
とはいえ、他者はあくまで他者であって、自分とは異なる存在です。結論を急ぐ前に、私たちはいったいどこまで他者に同感することができるのか、いわば自分と他者との境界線を次回は探ってみたいと思います。
※本文中における『道徳感情論』からの引用は、水田洋訳、岩波文庫上・下巻(上巻14刷・下巻13刷)を底本として、「スミス上/下」と該当ページ数を示しています。