言葉ではなく、ただそばにいるだけでいい

 それでも生きている限り、人は何か望むことがあります。
 そういう人は孤独になっているから、言葉ではなく、ただそばにいるだけでもいいんです。
 あの果物がおいしい時期だから、それを持っていって食べさせてあげるとかね。

 大きいことよりも単純なことのほうがうれしいものです。何か喜ばせることをしてあげたい。
 一度に全部やってあげることはできないので、話しながら様子を見ながら、時間をかけてやっていくことではないでしょうか。

 食べることも、やっぱり大事です。
 あるとき、小学校に勤めている若い奥さんが、はるばる訪ねてきました。
 「何も相談することはない」と言っているけれど、お昼を一緒に食べているうちに祖母が認知症で何も言わない。一緒に暮らしているのがつらいという話をぽつぽつとし始めました。

食べるものは、
体だけでなく心にも入ってきます

 それで、わたしは「自分の好きな食べ物が出てくると元気になるから、おばあちゃんが喜ぶものを一日に何か一つでも食べてもらえるようにつくるといいですよ」とお話ししたんです。食べるものは体だけでなく心にも入っていきますからね。

 これは別の人の話ですが、認知症で入院したお母さんにスープをつくって届けたそうです。とろみをつけて食べやすいようにして。
 一口食べるたびにお母さんは、「ああ、おいしい」と幸せそうに笑ったと。
 お母さんの好きなものをつくり、一緒に食べて、一緒に話して、それがいちばんですよね。

 こんなこともありました。
 今から5年ぐらい前に老人ホームから介添の二人に連れられて、『森のイスキア』にやってきたおばあさんがいたのですね。

 いつものようにおむすびにして、みんなに2個ずつ渡して食べることになったのですが、そのおばあさんはいつも一人では食べないので、そのときも介添の人がちぎってあげようとしたら、丸いままでほしいと言います。
 それでおばあさんは自分でちぎって食べ始めました。ふだんは話もしない人なのに、おいしい、おいしいと食べたの。
 帰りは帰りたくない、車に乗らないというけれど、無理して乗せて帰ったわけ。

 それで、そのときの様子をあとから聞くと、車の中でもおばあさんは落ち着かない。
 何だろうなと話したら、どうやら2年前に亡くなったおばあさんのお姉さんが頭の中に出てきているみたいだったと。