河合 今でも、リスクに対するその感覚は続いていますか?
水永 慎重という意味では続いています。ただ、いまの当社のステージでは、自分でフルコミットしないといけない、という感覚は逆に持ってはいけないと思っています。これはつまり、この規模になったら、借金の個人保証のようなフルコミットをすべきではないということです。でも、スタートアップの時点でVCに頼りきるのはどうかと思います。
河合 VCからお金を引き出す、と。
水永 最初からVCの高いバリュエーションでお金を入れさせて、「私がオーナーです」というのを見ると、「きみねぇ」って言いたくなります(笑)。なぜかというと、うまくいかない可能性が高いんじゃないかなという気がしてしまうんです。起業家のはずなのに、感覚がどうしてもサラリーマン社長になってしまいます。本来、サラリーマン社長と起業家の社長は、まったくキャラクターが違うんですよ。リスク・オーナーシップを持っているという点では、とくに。
河合 起業する若い人の話が出ましたが、一般的には大企業志向が高いともよく聞きますよね。私のグローバルキャリアの授業を受講する学生にはいろいろなパターンがあるのですが、将来、国際機関やNPOなどで社会貢献をしたいという学生は多く、起業をしたいという学生は少ないです。起業したいという人に対してアドバイスはありますか?
水永 これは個人的な意見ですが、大きい会社あるいはビジネススクールなどの学びを経て起業するほうがいい、と私は思っています
河合 実は、私も学生に相談を受けたときにそう言っています。「どうしてですか?」と聞かれたら、どう答えていますか?
水永 「成功確率が1桁違うよ」と、とてもドライに。
河合 ソフトバンクの孫さんや元ライブドアの堀江さんは大企業を経験していません。そう聞かれたらどうします?
水永 たしかに、最初からベンチャーを起こしてうまくいったケースがいくつかあり、みんなそれを引き合いに出します。一方で、大学を卒業して企業で働くことも経験したという意味では、たとえば楽天の三木谷さんもそうだろうし、小さいですが、私もそのケースだと思います。大企業を経験しなければ成功しないとは、まったく言っていません。確率の問題ですね。どちらの比率が多いのかを考えると、おそらく後者のほうが1桁多いということだと思います。
日本企業で“変な掟”を知ることには意味がある
河合 それは、企業の中で必要なビジネススキルを学んで、人脈も作ったほうがいいということですか?
水永 そうです。できれば、日本の大企業などで一度は働いてみる。“変な掟”があることも知ったほうがいいと思います。
河合 私も『自分の小さな「鳥カゴ」から飛び立ちなさい』にも書いたように、ハーバード大学を卒業してから日本に帰ってきて、超日本的な企業で働いたことがあります。そのときに、自分は日本の掟を知らないな、外国人だな、と壁にぶつかりました。女性ということで思っていたような仕事が与えられずに不満がたまり、また海外に出てMBAを取り、そのまま海外で仕事をしましたが、それでも日本で仕事をして学んだことは多くあります。数年でしたが日本で働いていたので、30年ぶりでも無事に京都大学で働けていますよ(笑)。もちろん、とても強い逆カルチャーショックはありましたが。
水永 たとえば、しっかりとした組織で、プロフェッショナルとして働く分には、そんな掟があることを知らなくても問題ありません。でも、もし起業するならば、人を引っ張って行く立場になります。体験としての知識がなく、その人たちがどういう気持ちで働くかを知らないとなれば、絶対にリードできないですから。
前回の話ではありませんが、日本人はシャイなので、1人のほうが気楽なのかもしれません。だからといって、1人ひとりのインセンティブを与えすぎると足を引っ張ってしまったり、相手をひがむ気持ちが強くなるという現実も、日本の会社で働くとよくわかる気がしますね。それから、当然、ビジネススクールなどで学べることには別のものもあります。
それらを合計すると、学生時代、大学あるいは高校を出てすぐ起業して、たくさんある中小企業から伸びていって上場まで行く比率と、大企業などを一通り経験してから起業している人が上場まで行く比率を比べたら、2桁違うかもしれないとすら思います。
河合 それはそうだと思います。効率的に習っているわけですからね。また以前は企業で人を教育してくれましたね。
水永 もちろん、商店街のお父さんだって必死でがんばっていますが、なかなか上場までは行かない人が多いわけですね。その比率からいったら、やっぱりきちんと学んでからの起業じゃないかなと思います。これは学生に事実として伝えています。彼らにはそこが見えていません。時間がもったいないから今すぐに何か始めたいと言います。