写真 加藤昌人 |
小林秀雄は「美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない」と言った。だが、千住博が描く「滝」には、むしろ“花の美しさ”が腰を下ろしている。芸術の可視性を仲立ちにして、存在そのものを問う、形而上学的美学といえるだろう。
「まるで天啓に導かれるように」、絵の具を上から下に流し、画面に滝を作って、滝を再現した。「滝は宇宙の記憶を内包し、かつ生命の誕生さえ暗示している」。挑戦的な画家の溢れ出る心象は、壮大で悠久なる自然の神聖なる再現に閉じ込められ、観る者によって初めて、その封印が解かれることになる。
1年のうち200日は、朝6時から深夜まで規則正しく描き続ける。ニューヨークのアトリエには、まるで手術室のような合理的静寂が漂う。この5月に、大徳寺聚光院別院襖絵、羽田空港第二ターミナル、メトロ新宿駅に続く大プロジェクトが、本格的に始動した。2011年、JR博多駅に、有田焼に描かれた全長2キロメートルもの青い森が出現する。
「判で押したような単調な時間の流れのなかに、創造力の源泉が眠っている」。放送事故を告げるテレビ画面の青にも、グラスに注がれたワインが白いテーブルクロスに映った赤にも、創作欲を震わせてしまう。鋭角な超越者の感性には、一瞬の緩みも与えられてはいない。自己を封印しながら描くのは、まぎれもなく自己である。身を削るに近しい。
(『週刊ダイヤモンド』副編集長 遠藤典子)
千住 博(Hiroshi Senju)●日本画家。1958年生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業、同大学院博士課程修了。京都造形芸術大学学長。1995年、ヴェネチア・ビエンナーレにて東洋人として初めて絵画部門優秀賞を受賞。第13回MOA岡田茂吉賞大賞など受賞多数。代表作に「フラットウォーター」「ウォーターフォール」など。