「今の人たちは誰です?」

「麻理の前職の同僚だよ。KPWのeディスカバリーチームから調査報告書を受け取ったところさ」

「eディスカバリー?何ですか、それは?」

「コンピュータの中の情報を収集・調査することさ。削除されたデータでも復元可能なことがある。不正調査では一般的な手法だよ」

「不正調査?誰を調べているのですか」

 スティーブはその質問には答えず、黙って報告書を健太に差し出した。その報告書は英語で書かれており、表紙には「厳秘」と記されている。

 報告書を読み始めた健太は、つぶやいた。

「やはり、ウェイさんが……」

「彼のPCから削除された情報をリカバーしてもらったら、動かぬ証拠が多数出てきた。サプライヤーからかなりの便宜を図ってもらったことを示すメールも含めてだ。ビジネス上の付き合いという許容範囲を逸脱している」

「支払いサイトの延期では、ずいぶん骨を折ってくれました。ウェイさんでないとできなかった取引先も多かっただけに、残念です」

「そうだね。しかし、会社の利益よりも個人の利益を優先している事態は見逃せない

 スティーブの主張は正論であり、健太も頷いた。

 さらにスティーブは続けた。

「ただし、事はそう簡単ではない。彼は株主である地方政府の推薦で入社してきた経緯がある。一方的に解雇すると、株主が反発するおそれがある。その点だけは注意しないと」

「どうしますか」

「私に考えがある。それまでは、本件は内密にしてほしい」

 健太は黙って頷いた。


 その数日後、ウェイが退職することが本人から明かされた。送別会も辞退し、そそくさとオフィスを整理して小城山上海を出て行った。

 健太は何が起こったのかと驚いて、スティーブに尋ねた。

「ウェイさんに何が起こったのですか」

「本人から辞めたいって言ってきたんだよ」

「まさか。スティーブがそう仕向けたのですか」

「いや、事実に少し脚色して伝えただけだよ。日本の株主は当社の業績に重大な不安を持っており、清算の可能性も検討している。そのために健太が送り込まれてきたってね。その調査の過程で、この資料が収集されたと」

 そう言ってeディスカバリーの報告書を指差した。