「このまま当社が破綻したら、債権者である銀行はこの報告書をもとに損害賠償を申し立てる可能性が高い。そう言ったら、ウェイは慌てていたよ。報告書を明るみにしないで済む方法はないかと聞いてきた。あとはお察しの通りさ」

「さすがですね。でも、ウェイが当社の良からぬ噂を広める恐れはないでしょうか」

「まさか。自分の首を絞めるようなことはしないよ。それに、この報告書を握っている限り、こちらを刺激するようなことはしないさ」

「確かにそうですね。この報告書のことは、他に誰が知っているのですか」

「健太と私、それにウェイの3人だけだ。他言無用だよ」

 スティーブはそう言って、報告書を金庫にしまった。

サプライヤーの乱入

 その後も、健太たちは資金繰りの施策を次々に実行していった。そうして時間稼ぎをしながら、黒字化に向けた収益構造の改革を続けていたのだ。年末まであと1ヵ月余りとなり、上海も肌寒くなってきた。

 この5ヵ月の品質改善の取り組みにより、不良率は2150ppmから600ppmまで低下していた。客先からの返品も減り、品質に対する信頼性が高まっていることが肌で感じられた。待望の新製品も、試作品が客先検査をパスし、年明けに向けて市場投入の目途が立ってきた。

 資金繰りはまだ予断を許さないものの、ようやく事態が好転する見込みが立ち、スティーブと健太はGM室の窓から冬の晴れわたった空を見ながら、お互いの健闘を称え合っていた。資金繰りの確保を最優先課題として全社的な取り組みを行う一方で、事業自体の品質や収益の改善をギリギリのバランスを取りながら粘り強く実行したことが、危機的な状況を脱する原動力となっていた。

「1年前の今頃とは大違いだ。健太のおかげで会社の雰囲気もはるかに良くなり、活気を取り戻したよ」

「これで年明けに新製品が出ると、ようやく黒字化が見えてきますね。それにしても、よくここまで資金繰りの問題を切り抜けることができましたね」

「サプライヤーにはずいぶん無理を言っているからね。最初は支払いを1ヵ月延ばすという約束が、2ヵ月、3ヵ月と延ばしたところも多いからね」

「黒字化の目途が立てば、小城山の本社も本格的に支援してくれるはずです。もう少しの辛抱ですね」

 そのとき、スティーブの目が社屋の入口に釘づけになった。

「なんだい、あれは……」

 そこには、ヘルメット姿に角材を持った30名ほどの人だかりがあり、警備員の制止を振り切って建物内に傾れ込もうとしていた。

 副工場長のチョウがGM室に駆け込んできた。

「スティーブ、早くこの部屋を出てください!」

「一体、何事だ!?」