変わらなきゃいけない、という意識は
変革への第一歩につながる
真山 要は、基本的なことを愚直に続けていくこということですね。アクセルとブレーキの両方を踏み続けるという難題をやり遂げるうえで、何がモチベーションになりましたか。
朝倉 たぶん、お金ではなかったでしょうね。役員報酬は、精神的苦痛に対する慰謝料だと思っているんです。トップとして決断したことを推進するうえで、絶対にお金では解消されないカルマも抱え込むわけでしょう(笑)。その心の痛みは消えない。心の機微や痛痒を感じない人は別として、損得勘定で考えればけっして割に合いません。なのに、なぜやったのか? …自分の場合は、腹が立ったからですね。
真山 それは、負けるのが嫌だったということ?
朝倉 全力でバットを振って空振りしたなら、破れても悔いはないですよね。でも、優秀な人材がそろってお金もあったのに、それらが十分活かされていない。いわば打席に立っていないような、その状況に無性に腹が立ったんです。鷲津が「この国は腐っている!」と怒る感覚とおそらく似ていると思う。
真山 対談冒頭で、今回の『ハゲタカ外伝 スパイラル』では、大手企業の再生ばかりやってきた芝野がいきなり地方の中小メーカーに転じるのに驚いたと話していたけど、朝倉さんが芝野だったらどう行動したと思いますか。
朝倉 前置きが長くなるんですけど…僕は社長職というのは職階ではなく、「技術開発」や「営業」「マーケティング」「製造」などと並列で「経営のプロ」という専門職であるべきだと考えています。実際、米国企業のトップの83%は過去に他社での業務経験がありますしね。日本だととかくベルトコンベア式に係長、課長、部長、事業部長、常務、専務、副社長…と出世して、最後に社長の座が回ってくるように捉えられがちですが、取締役と執行役以下は本来職務も違うはずだし、おかしいと思う。
そんな考えのもとで今回の新作を読むと…芝野が関わることになるのは、発明家兼営業マンという支柱を失ってしまった町工場ですよね。いわば一番のコアコンピタンスがない状況で、新たな経営者として再建のために打てる策はかなり限られている。芝野は情にほだされて「あなたがやるべきことじゃない」ということにまで手を出している気が個人的にはしますね。しっかりしろ、と言いたい(笑)。
真山 なるほど。ネタバレになるのではっきり言いにくいですが、私の狙いを正しく突いている感想です(笑)。
さきほど朝倉さんが経営再建に不可欠な3つの要素にも挙げた「運」は、あちこちに一杯転がっているけど、準備ができている人にしか手に入らない。ミクシィの場合は「理」「心」という2要素の準備が整っていたからこそ、「運」がやってきました。
変革も同じことだと思うんです。米国企業は「変わらなきゃいけない」とつねに思考するDNAがあるからこそ変革を得意とする一方、日本企業はその逆で「変わっちゃいけない」と考えがちなカルチャーがありました。しかし、さすがに日本企業も変わらなきゃいけないことを、もはや誰もが認識している。ただ、どう変わるべきかが分からない、というのが今の状況です。いったい日本はどう変わっていけばいいのか、小説を通じて読者の皆さんにも芝野と一緒に考えてもらいたい−−そうした思いで今回の最新作を書き上げたので、ぜひ手に取ってみてもらいたいです。今日はどうもありがとうございました。
朝倉 こちらこそ、ありがとうございました!