坪井 データサイエンス学部は、現在ある経済学部と教育学部に続く3つめの独立した学部として設立するわけですよね。どんな人材育成を目指すのですか。
佐和 コンビニやスーパーのPOSデータ、Suicaなど電子乗車カードの移動履歴、アマゾンなど通販の購買履歴、健康・医療、気象など幅広い分野に、ビッグデータが存在しています。もともと統計学の対象とするデータは合目的的に収集されたものなのです。例えば、高血圧の新薬の治験に際しては、高血圧患者を2つのグループに分けて、一方には新薬を投与し、他方には偽薬(プラシーボ)を投与して、新薬の血圧降下作用が統計的に有意か否かを検定します。ですから、統計学は「方法科学」だと見なすのがもっともです。
ところが、情報通信技術(ICT)の進歩のせいで、ICT機器の中に、意図せずしてビッグデータが蓄積されるようになった。こうしたビッグデータに含まれる貴重な情報を「見える化」して、得られた情報に基づき価値創造する「実体科学」、すなわち客観的な事象を対象とする科学に進化したということになります。コンビニのPOSデータと気象のビッグデータをうまく組み合わせれば、破棄する弁当の数を最小限に食い止めることができる。これが価値創造なのです。
価値創造できるデータサイエンティスト育成を
牽引できる最高の布陣を実現
坪井 データサイエンスを教えられる教員を確保するのは難しそうですね。
佐和 テクニカルなことを教えるスタッフは、統計学と情報学を7対3の割合で計18~20人。マーケティングや医療・健康、気象、エネルギー・環境などの領域科学におけるビッグデータ解析の専門家は、文科省が督励しているクロスアポイントメント制度を使って、他大学の教員に演習を担当していただく。ところで今回の戦略の肝は、学部長の適任者を東京大学から引き抜いたことです。彼は非常に面白い経歴で、ピアニストとして3歳のころから育てられたので、いったん東京芸術大学のピアノ科に入って……。
坪井 あ、わかりました! 東京大学情報理工学研究科の竹村彰通さんですね。
佐和 ご存じでしたか。彼は小学校の時に音楽コンクールで優勝し、芸大でも10年に1人の逸材だと期待されていたにもかかわらず、ピアニストで一生を終えることに飽き足らなさを感じて、東大を受験し直したという変わり種です。1970年代の半ば過ぎ、私がイリノイ大学教授をしていた時、連邦科学財団(NSF)からもらっていた研究費で、2人の若手研究者を夏休みにイリノイ大に招いたのです。その内の1人が竹村さんだったのです。
竹村教授は、今年度は東大70%、滋賀大30%のクロスアポイントメントですが、来年度には滋賀大100%となります。竹村先生をリクルートした他、統計学会の有力者3人に外部アドバイザーをお願いしました。情報・システム研究機構の北川源四郎機構長。お父上の北川敏男さんは、日本に推測統計学を持ち込んだ元祖のような方です。統計数理研究所の樋口知之教授、大阪大学基礎工学部の狩野裕教授の3人です。以上、4人の方に教員採用人事を委ねています。
坪井 いつから開設されるのですか。
佐和 来年3月に設置審議会に申請書を提出して、2017年4月開設予定です。
坪井 さすがですねえ。佐和先生は人文社会科学系の廃止・転換に反論したまま守りに入るのかと思ったら、新たにデータサイエンス学部を作ると聞いて驚いたのです。しかし、佐和先生が重視されている人文知をデータサイエンス学部でどのように学べるのかと、疑問だったのですが、なんと芸術家で統計学者の竹村彰通先生を調達していたとは!