お菓子メーカーA社、B社は、お互いに競合するチョコレート菓子の製品を持っている。ここ最近、どちらの商品も同じように売上が落ちており、両社は戦略を再検討することになった。
しかし結果は……B社の圧勝だった。A社商品の売上不振は解消せず、リニューアルの開発コストだけが積み上がることになったのである。なぜそうなってしまったのか?

つい「半径5メートルの発想」に縛られる

A社のプロジェクトでは、商品開発グループが中心となり、お菓子の原材料や内容量、製造方法を徹底的に見直した。最近のチョコレート菓子のトレンドをリサーチし、顧客が好む風味を加えたり、手軽に食べられる一口サイズに改良したりした。

他方でB社では、同様の商品再開発を進めながらも、マーケティング部門がパッケージや商品ネーミングといった「商品の形態」の再検討を主導していった。

数カ月後、両社はほぼ同時期のタイミングに、リニューアルした商品を市場に投入する。結果は……B社の圧勝。A社商品の売上不振は解消せず、在庫の山とコストが積み上がることになった。

「まさか、こんなバカな会社はないだろう」と感じただろうか? かなり単純化した例なのはたしかだが、この手のことは実際のビジネスでも頻繁に生じている。

A社がこうして敗北を喫することになったのは、「広く考える」ことができていないからである。
つまり、自分たちが「売上不振の原因=商品そのもの」という前提の下で考えてしまっていることに気づけなかったために、「売上不振の原因=商品の形態」というところまで発想が広がらなかったのだ。

一方、B社も当初は商品そのものの見直しを進めていたが、ある段階で、自分たちの「バカの壁」に気づくことができた。
つまり、「売上不振の原因=商品そのもの」という範囲でしか考えていなかったことに気づいたため、「売上不振の原因=商品そのもの以外」でも検討がはじまったのである。

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【第2回】
仕事ができない高学歴にも「バカの壁」が付きまとう

こうしてみると、アイデア発想におけるほとんど敗北には、何らかの「バカの壁」が入っていることがわかる。「自分がどの範囲を考えているか」を意識できていないために、その「外」に発想が広がっていかないのだ。
だから当然、最終的な発想の質も下がってしまう。

狭く、狭く、狭く考える人ほど、発想を広げられる

裏を返せば、僕たちの思考というのは、対象を意識的に絞り込めた瞬間に、グッと広がるということだ。

逆説的に聞こえるだろうか? これについても例を見ながら説明しよう。

こんな問題があったとしよう。

【問題】
世の中にはどんな自動車があるか?
できるだけ広く考えなさい。

僕がやっている企業研修などでは、こんなふうに答える人が多い。

・ カローラ
・ クラウン
・ プリウス
・ ベンツ
・ BMW

また、こんな答えの人もいる。

・ セダン
・ ワンボックス
・ ミニバン
・ 4WD
・ 軽自動車

ほとんどの人が、自分の知識や興味の範囲から思い思いに発想する。
だが、これは果たして「広く考えている」と言えるだろうか?

このときの問題は、発想の「視点」が定まっていないことである。

たとえば、「カローラ」「クラウン」「プリウス」というのは車種名だが、「ベンツ」「BMW」というのは自動車メーカーの名前だ。
後者についても「セダン」「ワンボックス」「ミニバン」がボディ形状の視点から発想されているのに対し、「4WD」は車輪の駆動形式だし、「軽自動車」は排気量に関わる分類である。

こうやって発想している限り、「本当に自分が十分広く発想できているか」は判断がつかない。ただ思いつきだけで発想しようとすると、アイデアは十分には広がらないのである。

フレームワーク思考の本質は
「意識的に狭く考えること」

では、発想を広げるために、つまり、「バカの壁」を意識化するために、まず何をやるべきだろうか?

答えはシンプル。「自分がいま、何について考えているか」を明確にすればいい。
発想に「バカの壁」が入っているということは、「自分が考えている範囲がすべてだ」と思い込んでいる状態にほかならないからだ。

「自分が考えている範囲をはっきりさせる」ということは、その「外」に別の範囲が存在すると認めることだ。「これがすべてだとは思っていないが、いまは差し当たってこの部分にフォーカスしている」と自覚しているわけである。

これがビジネス理論などでしばしば言及される、いわゆるフレームワーク思考の本質な意味だ。
つまり、フレームワーク(枠組み)をつくるということは、自分の思考を一定の範囲に限定しながら、その「外部」も同時に意識化することに等しい。

逆に、思考がフレームワークを欠いているときには、「いま思考している範囲がすべてである」という思い込みがある。
だから、対象範囲の外側は、どれだけ頭をひねっても発想から漏れ出てしまう。万が一、競合の意識がそこに向かってしまえば、たちまち「しまった」を招く要因となるわけである。

もう一度、自動車の例で考えてみよう。
「どんな自動車があるか?」という質問に出会ったら、まずやるべきことは、思考の境界線(フレームワーク)を設定することだ。さまざまなの境界線があり得る。

・ トヨタ車かどうか(軸―メーカー)
・ 200万円より高いかどうか(軸―価格)
・ 1500cc以上か未満か(軸―排気量)
・ 赤いか赤くないか(軸―色)
・ 国産車か外国車か(軸―生産国)

このとき重要なのが、境界線が曖昧にならないようにすることだ。
たとえば「高いか高くないか(軸―価格)」というのは、発想を広げる境界線としては機能しない。すべての自動車がその境界線の内側か外側に属する、明確な分け方を探るべきである。

他方、「200万円」という境界線は明確だ。すべての車は200万円以上か未満かに分けられるからである。

ここからさらに発想を広げるには?
そう、また境界線を増やし、それぞれについてもっともっと「狭く」考えればいい。
ここで「1500cc以上か1500cc未満か(軸―排気量)」という境界線を加えてみよう(下図)。

この場合も、車は1500cc以上か、1500cc未満しかないので、モレが発生することはない。
こうした作業を繰り返していくことにより、「どんな自動車があるか?」について、広く考えられるようになるというわけだ。

第4回に続く)