儲けるためにはビジネスモデルが必要
本当に、と桜子は思う。
桜子は今、経営コンサルティング会社を経営している。少数精鋭の小さな会社だが、桜子が指導に入る企業はことごとく急成長して業界ナンバーワンに躍り出る。売上が10倍、100倍になることも少なくはなく、全国からの引き合いが途切れることはない。いわば「儲けさせるプロ」だ。
窓辺に立つと見えるのは、都心のビル群。今視界に入っているこの景色の中だけでも、どれだけの会社が生まれ、そして、消えていることだろう。
夢やロマンだけを追いかけて一旗あげてやろう、だなんて言って、多額の資金を投入したり借金してやみくもに事業を始めるなんて、自分なら怖くて絶対にできない。儲けるには、儲かる「仕組み」、つまりビジネスモデルが必要なのだ。そして、その「仕組み」さえわかれば、儲けるのはそんなに難しいことではない、と桜子は思っている。
「桜子さんの決めゼリフ。『儲けるなんて簡単よ!』って、なんだか『月にかわってお仕置きよ!』みたいだなあ」
「何よ、それ」
「あ、でも、あれか。遠山桜子だけに『桜吹雪はちゃあんとお見通しなんでい!』こっちかなあ」
「河田、バカなこと言ってないの。明日の大分出張の準備はできたの?」
「バッチリですよ、任せてください」
河田はまたニヤッと自信ありげに笑った。
「夕方のセミナーに黒崎社長をお呼びしています。懇親会のときに横の席セッティングしておきますね。それから、翌日の村上社長との面談は、もう契約書の内容まで詰めてありますから、あとは桜子さんから社長に直接『一緒にがんばりましょう!』と言ってくれたら、そのまま契約書に捺印してもらって帰ってこれます」
河田はよくできる。ひょうひょうとしているように見えて、実は緻密で、詰め将棋のような営業スタイル。ひとつの案件を決めるのに、キーマンの心をつかんで外堀をガッチリ埋め、着実に数字を上げる。桜子の右腕だ。
「桜子さん、お昼一緒に行きます? 僕たち、蕎麦屋に行きますけど」
「お蕎麦かあ……」
あのスープカレーのことを思い出したら、なんだか口の中がスープカレーになってしまっていた。
「私、ちょっと別で行くわ」
「わかりました。じゃ、午後2時からメディカルトレンドさん来社なんで、それまでに帰ってきてくださいね」
「了解」
カーディガンを羽織り、財布だけを持ってビルの外に出る。
昼時の街は、オフィスビルから人々が一斉に外へあふれ、コンビニや弁当屋に列をつくる。お父さんたちはチェーン店の牛丼屋や定食屋で、15分ほどで食事を済ませて出てくる。どんどん並ぶが、どんどん回転する。3・5回転、いや、4回転はしているだろうか。
最近ではビジネスマンがランチ一食にかける金額は、ワンコインどころか400円を切っているという。低コスト、低価格、高回転率を競って利益を上げられるのは、スケールメリットで勝負できる大手ぐらいのものだ。
「なんでまた、こんな所に店を出したのかしらね」
気がつくと、また「カフェ・ボトム」のことを考えていた自分が、桜子はちょっとおかしくなった。
そんなにあのスープカレーが気に入ってるのかしらね、私。