発想を広げるためには、モレのない具体的な「チェックリスト」が必要である。こういう話をすると、勉強熱心な方は「それっていわゆる『MECE』ってやつですよね?」と勘を働かせる。
発売からわずか1週間で大増刷が決定した『あの人はなぜ、東大卒に勝てるのか』の著者・津田久資氏は「これは、いわば半分当たっているが、半分外れている」という。それはなぜだろうか?
「そもそもMECEって何でしたっけ?」
前々回の連載で「発想を広げるためには、モレのない具体的なチェックリストが必要になる」という話をした。
【参考:第8回】
“なんでそんなアイデアが出るの!?”
と言わせる「戦略チェックリスト」入門
この記事を読んだ人の中には、Twitterなどで「これは『MECEに考えろ』という話だな……」と先回りされている感の鋭い方も散見された。
しかしこれは、いわば半分当たっているが、半分外れている。今回はこの「MECE」の本質的な意味について説明するとしよう。
…と、その前に、MECEという言葉を初めて見た人(あるいは、見たことはあるけど中身は忘れてしまったという人)もいると思うので、これについて簡単に解説しておきたい。
MECEというのはもともとマッキンゼーの社内用語で、「ミーシー」ないし「ミッシー」と読む。「Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive」の頭文字をつなげたもので、直訳すれば「相互に排他的、かつ、全体として網羅的」となる。なんだか難しそうですよね。
しかしこれはひと言で言えば「ダブりもモレない状態」のことだと思ってもらえばいいだろう。
一般に、問題や課題(マッキンゼーの社内用語だとイシュー)を解決する際には、いくつかのより小さなイシューに分解する必要がある。「イシューはMECEに、つまり、ダブりなくモレなく分解するべし」というのがマッキンゼーの約束事である。
これがいまではかなり一般化して、論理思考や問題解決の入門書でも語られる定番テーマとなっている。
モレてはいけないが、ダブってもいい!?
だが、僕が「発想を広げるためのチェックリスト」について語ったことは、2つの点で教科書的な意味でのMECEと異なっている。
(1) ダブりを許容している
(2) 発想を広げることを目的としている
まず(1)について見ていこう。MECEは項目間の重複を認めないものの、僕が語っているチェックリストはダブりをよしとしていた。発想のモレを防ぐという目的にとっては、項目間の重複はプラスにもマイナスにもならないからである。
たとえば、国内企業を対象とするビジネスを展開しているある会社が、新規の営業ターゲットを決める際に、まず次の3つに分けたとしよう。
◎ 東京都内の企業
◎ 年商100億円以上の企業
◎ 年商100億円未満の企業
この分け方にはモレはないが、ダブりがある。なぜなら、都内の企業にも年商100億円以上の企業、100億円未満の企業が含まれているからである。
こうなるとたしかに効率は悪い。ダブりがないほうがチェックリストとしてシンプルであるのはたしかだ。
しかし、こうして出来上がったチェックリストのせいで、ダブっている会社に2度営業をかけてしまうかというと、まずそんなことはないだろう。万が一そうなったとしても、その企業がリストから漏れて、競合に奪われてしまうよりはマシかもしれない。
一方、モレがあるとどうなるだろうか? モレのある分け方は、それをもとにどれだけ発想を広げようとしても、その先もずっとそのモレを継承してしまう。
◎ 東京都内の企業
◎ 年商100億円以上の企業
たとえば、こんな2項目をいくら分割していっても、「東京以外の年商100億円未満の企業」は潜在顧客リストには上がってこない。そうこうしているうちに、同業他社がそれらの企業から大量に案件を取ってしまうかもしれない。
とにかく「勝つこと」「負けないこと」に特化するのであれば、モレを防ぐことに注力すべきであり、ダブりはそこまで心配する必要がないという結論になるのだ。
MECEに整理しただけでは意味がない
さきほどの2点のうちの後者「(2)発想を広げることを目的としている」は、実践的な意味でより重要である。
MECEに考える目的は、問題をツリー状に整然と分類することではない。発想の質を高めるという、より高次の成果を目指しているのである。
研修などでもロジックツリーやMECEの話をして、いざ演習をやらせてみると、こんなことを言う人がいる。
「いつまで経っても、例題とか模範解答にあったような、きれいなツリーがつくれません」
これはMECEに考える本来の目的を見失っている典型である。MECEに考える目的は、完全に枝分かれしたツリーをつくることではない。
発想の広がりを邪魔している「バカの壁」を克服し、より一層アイデアを引き出しやすくすることである。
つまり、ツリーの分解は不完全でもかまわないのだ。ある程度のところで、自分の発想の見落としに気づけたのであれば、そのツリーには十分な意味があったことになる。
また、ビジネスはスピード勝負であり、与えられている時間は有限である。残された時間の範囲内で、なるべくツリーを枝分かれさせていき、「バカの壁」を発見できればそれでいいのである。むしろ実務レベルでは、ツリーを完成させる途中で、「バカの壁」が見つかることのほうが多いはずだ。
この点は大いに強調しておきたい。「学ぶ」のが大好きな人ほど、MECEやロジックツリーの知識に当てはめることに躍起になって、時間を無駄にしている。まさに「生兵法は大怪我のもと」である。
(第11回に続く)