ハーバード大学のビジネススクールには、いわゆる講義形式の授業はなく、ケーススタディしかやらないということは、以前から聞いたことがあった。つまり、実在の企業を取り上げて、実際に起こったケースについてディスカッションをするのである。僕の留学先でも、当然のことながらそうした授業が存在した。
授業では、企業の歴史や業務内容、財務状況などをまとめた小冊子が用意されているが、そこに何か「問題」が書いてあるわけではない。
その企業にどんな課題があるのかも含めて、生徒たちが自ら考えて、解決策を探っていくわけである。
なぜハーバードビジネススクールには「講義がない」のか?
そういう授業スタイルに価値がありそうだということは頭では理解できていたものの、初めてケーススタディの授業を受けたときには、すっかり頭を抱えてしまった。ひと言で言えば「情報が少なすぎる」と感じたのである。
そこでは「生花の宅配」というビジネスがケースとして取り上げられていた。しかし、そもそも、このビジネスにどれくらいの市場規模があるのかすら記載されていないのである。
「(たったこれだけの情報で何を考えろと言うんだ!)」
それが正直な思いだった。そこで若き日の僕が何をやったかといえば、「とりあえず情報収集」だった。つまり、生花マーケットがどれくらいの規模なのかといったことを、図書館に行って調べたのである。
とはいえ、それ以外にほとんど有益な情報は見つからなかった。当時はインターネットもなかったし、そもそもまだ黎明期だった生花の宅配ビジネスについてそれほど情報が蓄積されているはずもなかった。
そして授業本番。結果は悲惨だった。100分の授業の中で、僕はひと言もディスカッションに参加できなかったのである。
いま思い出しても、とても惨めな気持ちになる体験だった(とはいえ、ほかの日本人留学生も僕とまったく同じ状況だったのだが……)。