まさか、技術革新が不断に繰り返された結果、「評判が永遠に消せない社会」がくるとは――。世界初のレピュテーション・マネジメント会社創業者とオンラインプライバシーに精通した弁護士が語りつくした『勝手に選別される世界』。本書を翻訳した中里京子氏とともに、評判が永遠に「アーカイブ」されてしまう社会誕生の背景を探った。(構成:編集部 廣畑達也)
『勝手に選別される世界』で最も印象に残っているのはどこか――。同書を翻訳した中里京子氏にそう尋ねると、次のように語ってくれた。
何と言っても、データ保管費用がほぼタダになってしまったということです(第2章)。私が最初に手にしたパソコンは、秋葉原の中古専門店で買ったNECの9801マシン。巨大な本体、8インチのフロッピーディスクドライブ、白黒モニター、ミシン目の入った連続紙専用のプリンター、しめて100万円を超えました。それが現在は、学術図書館の蔵書量の半分が納められるという1テラバイトの外付けハードディスクの最安値は5980円です。ただ、こうした技術革新が、データの無期限保存につながり、「評判が永遠に消せない世界」をもたらすことになるとは――当時は予想だにしませんでした。(中里京子氏)
保存できるデータの容量が増え、一方その価格は下がる。一見よいこと尽くめのようにも思える「技術革新」が「評判が永遠に消せない世界」につながるとはどういうことだろうか?
ファーティックとトンプソンの2人は、この点について、極めて明快に述べている。
データ・ストレージ価格の急落が真に意味するのは――そしてさらにショッキングなのは――今やデータは、丸ごと保存したほうが、削除するより安くつくようになったということだ。データの削除には、ビジネス上のタフな判断が必要になる。そのデータが後で必要になったらどうする? そのデータが価値のあるものだったらどうなる? うっかり処理中の注文を削除してしまったらどうすべき?(『勝手に選別される世界』50ページ)
たとえば、あるデータ・ストレージの中から特定の1つを選び出して削除するのに、時給100ドルのプログラマーを10時間雇う、つまり1000ドルかかるとしよう。
しかし今日、自らストレージを用意するというソリューションを維持している企業は、1000ドル払えば、20テラバイト以上のハード・ドライブ・スペースを恒久的に手にできる。(中略)。だとすれば、追加の記憶装置を買ったほうがずっと安くすむのに、わざわざデータを削除しようとする企業などあるだろうか?(同52ページ)
Gmailを使っている人なら、すぐに自分のこととして置き換えることができるだろう。日毎増えていくストレージの容量を前に、わざわざ一通ずつ残すべきか吟味する、という人はいないのではないだろうか。もし受信トレイから取り除きたい場合も、「アーカイブ」ボタンがその心理的な負担を軽くしてくれる――もちろん、あなたの個人的なEメールが、無期限に保管されるのと引き換えだが。
デジタル・ストレージの革命がもたらすもっとも明白な結果は、評判についたシミがずっと残りつづけることだ。たった一度の過ちでさえ、それがデジタル領域で起きれば、永遠について回ることになる――それに、今やデジタル領域で「起きないこと」なんてあるだろうか?
調子がひどく悪かった日に、たまたま客をどなった動画が、ユーチューブに投稿されてしまったとしたら? 自分の店のレビューを自分で書いたのがバレてしまったとしたら? そしてご主人の出張中によその誰かと、ろうそくの灯るロマンチックなディナーを楽しんでいるところを、グーグルグラスをかけた詮索好きな近所の住人に見つかり、その写真がフェイスブックに投稿されてしまったとしたら?
もっと悪いのは、そうしたデータの持久力がとても強いせいで、自分が犯したものではない過ちによってデジタル・レピュテーションが損なわれることもよくあるという事実だ!(同58-59ページ)
かくしてデジタルデータに残されたあなたの評判は、永遠に消せなくなるのだ。