一貫して、お客様より
社員の声に耳を傾けてきた
星野 それは、業界が置かれた状況の違いもあったのではないでしょうか。造り酒屋さんというのは、昔から地元の名士じゃないですか。一方で、旅館や観光業というのは、今でこそ観光立国といって持ち上げられていますが、製造業ありきの日本にあって長い間ステイタスの高い仕事じゃなかったわけです。
私が家業に戻った1991年あたりは特に、バブル崩壊直後で観光産業に人が集まりにくい時期でした。それでなくても離職率が高い業界でしたから、どうやったら良い人材に入ってきてもらえるだろうか、長く働いてもらえるだろうか、というのが切実な問題だったんです。地域の製造業より人材採用面で競争力をつけることが第一の経営課題でした。
桜井 確かに、昔の観光業は人材の確保という点では不利でしたよね。
星野 そうなんです。創業の地である軽井沢は有名観光地ですから、お客様を探すよりも社員を探すほうが難しい(笑)。ですから私は一貫してお客様でなく社員の声に耳を傾けてきたんです。なんとか良い人材に入ってもらって、長く働いてもらい、利益が出ればまずは彼らの給料に還元し、さらには彼らの休みの原資に回す。
ただし、お金がかかる施策には限界もありますから、それと同時に、社員の意見を聞いてそれを採用し、実行してみる。これをやると、お金をかけることなく社員の満足度は上がります。とにかく社員から上げられたアイデアを実践してみて、お客様が不満をもつようなら提案した社員も分かりますから取り下げて、じゃあ次はどうする?とどんどんまた新たな提案をしてもらって…。それが、いつの間にか今のフラットな組織の文化として根づいていますし、弊社のサービス向上にはもちろん、業界内では圧倒的な離職率の低さにつながっていると思っています。
桜井 実績に結びついているんですもんね。そこが凄い。
星野 社員が嫌がるようなお客様には来ないでいただく、という方針も貫いております。酔っ払いの応対をやらせたらすぐに社員は辞めてしまいますから、基本的に温泉旅館スタイルの「界」では団体様は受けていません。サービススタッフたるもの顧客を区別してはいけないと言われますが、人間ですからこの人は嫌だなとか、ぜひ満足して帰っていただきたい、と自然に思うじゃないですか。母娘やご夫婦、お子さまづれのご家族だとか、社員がハッピーになれる顧客を集めるというのが、私たちのビジネスモデルです。
桜井 なるほど。うちも、社員にプレッシャーをかける酒屋さんとの取引は止めてしまおうかな…。
星野 そうそう、大手の問屋さんとか横暴なところとは止めたほうがいいです。
桜井 たしかに、結構あるんですよね…。