成長期はとうに過ぎ、後はゆるやかに衰退していくのみ――。
安定期と衰退期の端境期にあり、何か手を打たないといけないと感じつつも、「過去の遺産」にがんじがらめになっている企業は多いのではないだろうか。過去の遺産とは、たとえばシャープの回で見たような爆発的成長期に行った巨額の投資や、熱心すぎていつまでもアフターケアを求める「ロイヤルティ(忠誠心)」の高すぎる顧客(レガシーカスタマー)が挙げられる。
まさに過去の成功によって撤退すら不可能になってしまう『ビッグバン・イノベーション』第4ステージ「エントロピー」だが、どうすればその「地獄」から脱出できるのか。コダックと富士フイルムという、ともにデジタル化で苦境に立たされた企業の運命を分けたある「劇薬」に、その答えはあった。
みずから「貸借対照表」の解体に着手せよ
エントロピーに陥ると、脱出速度に達するのは至難の業である。脱出を妨げるのはレガシーカスタマーかもしれない。レガシーレギュレーター(規制当局)の場合もあるだろう。彼らは純粋に既存企業を支援しているつもりかもしれないが、廃れた技術のインフラやサプライチェーンを維持するように促したり、実際にそう要求したりして、企業をさらに深いブラックホールの奥へと引きずり込む。顧客が減って、規模の不経済が働くと、よりよく、より安い破壊的製品やサービスと戦うことはますます困難になる。
このステージを生き延びるためには、少なくとも立て直しが不可能な事業分野を諦め、その空白を受け入れることだ。そして製品の生産を打ち切る。保証サービスや年金給付などの義務もできるだけ早く終わらせる。価値を失った知的財産を手放すことも重要だ。
つまり、既存企業がコントロールできない外部の力が働く前に、みずから貸借対照表の解体に着手する。そして手元に残った資産を、他の産業かエコシステムで活用する方法を探し出す。(『ビッグバン・イノベーション』295-296ページ)
いやはや、みずから「貸借対照表」を解体し、再構築せよとは、なんとも厳しい選択肢、まさに「劇薬」である。しかし、その劇薬を飲み干し、みずから解体することに成功した企業は存在する。それは、日本の精密化学メーカー、富士フイルムである。