5.日本の地政学リスク

 これまで見てきたように、世界には至るところに市場経済や金融システムとの関連が深い地政学リスクが散在している。

 そして、グローバルな視点で直接投資や資産運用を考える立場からすれば、日本も地政学リスクを抱える要警戒地域である。たとえば、英国で国際分散投資を行うポートフォリオ・マネージャーの目には、日本はどのような投資対象に映っているのだろうか。

 GDPや株式市場の時価総額で世界第3位の日本が、重要な市場であることは言うまでもない。「有事の円買い」と言われるように、リスク回避の際に選好される通貨を持つ国であり、また対外保有資産では他国を寄せ付けない世界最大の債権国でもある。

 海外勢が抱く日本経済への懸念材料と言えば、長引くデフレと巨額の財政赤字が双璧であった。それに加えて、頻発する地震などの自然災害リスクが意識されることもあったが、それよりも深刻な地政学的な観点で捉えられたのが原発問題である。2011年3月11日の福島原発事故は、海外勢の日本を見る目に新しい座標軸を与えることになった。

 さらに2012年の安倍政権誕生以降、韓国や中国との領土問題が政治的にエスカレートするリスクも加味しなければならなくなった。北朝鮮との対立構造も一向に改善する気配がない。そして2015年の安保法案の成立は、国内だけでなく海外においても「日本の政治的スタンスの大変化」として注目されている。

 また、IS問題は日本にとっても無縁とは言えなくなってきた。日本政府がISの敵視する米国との同盟を強化していることに関し、ISは「日本も標的になった」として宣言している。

 日本の地政学リスクといえる「原発、自然災害、そして安全保障」は、財政赤字問題と直接結びついている。国内では経済問題としてデフレ脱却にばかり注目が集まって財政問題への意識がやや薄れつつあるが、ひとたび何らかの惨事が起きれば、世界で断トツのGDP比250%近くまで拡大している公的債務額の増加ペースは、さらに加速するだろう。

 先進国の場合、公的債務のGDP比よりも歳出に占める利払い額のシェアのほうが問題である。超低金利の日本ではまだ耐久力があるとも言えるが、財政再建への工夫や努力が見られないなかでの債務増加は日本のアキレス腱である。地政学リスクと財政赤字の結節点に関して、われわれ日本人はもっと敏感になる必要があるのではないだろうか。

 現在、日本の原子力発電所は北海道の泊発電所から鹿児島の川内発電所まで、合計44基ある。稼働中の原発数の国別ランキングでは、米国・フランスに次ぐ世界第3位の「原発大国」である。

 これまで日本は、原爆投下や福島原発事故に遭い、歴史上稀に見る惨劇を三度も体験しながら、原発に依存し続けることを容認している国なのだ。経済発展のために最低限の原発が必要であるとしても、脱原発への長期的なビジョンが描き切れていないのが日本の哀しい姿である。

 原発所在地の密度から言えば、韓国と日本は世界最大の密集地域である。日韓が武力衝突することは想定し難いが、その至近距離には、国際世論を無視して水爆実験を行うなど暴発リスクを抱える北朝鮮がいる。

 また、陸海への支配域拡大の野望を抱く中国や極東への関心を強めるロシアなど、日本の周辺国との外交的な難題は山積みである。それと並行して憲法改正による武力展開への道を探ろうとする日本は、地政学リスクの観点からすれば、海外のポートフォリオ・マネージャーにとってとても「リスク・フリー」と言える地域ではない。

 ジャパン・リスクの顕現化が日本株売りを加速するのは想像に難くないが、為替市場では円売りではなく、逆に3・11の原発事故時と同じような円買いが再発することもあり得るだろう。日本国債は日本銀行の買い占めによって超低金利状態が堅持されているが、国債先物市場を使った投機筋の売り仕掛けや国内保険会社の現物投げ売りなどによって金利が急上昇するリスクも考えられる。

 日本人が本当に鈍感なのは、国内にみずから抱えている地政学リスクに対してかもしれない。