細川護熙政権の「国民福祉税構想」、自民党税制調査会「柳沢ペーパー」の「消費税福祉目的税」の構想、福田康夫政権・麻生太郎政権の「中福祉・中負担」と「消費税10%」の提案、菅直人政権・野田政権の「税と社会保障の一体改革」は、すべてこのロジックに基づくものだった(第44回)。

 しかし、このロジックはもう古ぼけてしまった。「高齢者のため」と言われても、現役世代にはウンザリした感じがあるのだ。「下流老人」などという現象はあるものの、現実には高齢者は現役世代よりもカネを持っている人が多い。

 例えば、平日の昼間、電車に乗ると若いサラリーマンが汗だくのスーツ姿で立っているのに対し、どこかに遊びに行く高齢者の集団が悠然と座席を占領して座っている。道徳的な批判を受けることを承知の上であえて言えば、これは正直若いサラリーマンの方が可哀想になる。かつて、高齢者の方々が日本を今のように豊かにしたのだというのはわかる。だが、現役世代からすれば、自分よりカネを持っている人の社会保障や医療費を払うために重い負担にあえいでいる。これでは、「高齢者のため」と言われてもウンザリになるのは無理もない。

2年半後に増税を実現するには
「若者のための増税」という新しいロジックが必要だ

 そこで、消費増税の更なる延期を防ぐためには、「高齢者のため」に代わる、新しいロジックが必要になる。それは「若者のための増税」である(第126回)。

 少子高齢化によって、1965年には高齢者1人を9人で支えていた(「胴上げ」という)のが、2.1人で支えるようになり(「騎馬戦」という)、2050年には1.2人で支えるようになる(「肩車」という)。若者や、将来世代は非常に厳しい状況に直面する上に、現在のバラマキによる重い負担のつけ回しを払わねばならないことになる。正直、これでは国は滅んでしまう。

 この将来世代が背負う厳しい状況をなんとか改善していかなければならない。そして、それには現在の「高齢者のため」に増税するというのではなく、むしろ高齢者に「孫を助けるための増税」なのだと発想を変えてもらうべきではないだろうか。

 このように言うと、高齢者の社会保障費・医療費を削減すべきだという主張につながりがちだ。例えば、増税延期決定後、小泉進次郎衆院議員が社会保障の充実は従来通りとする安倍政権の姿勢を「甘い話はない」と批判し、社会保障費・医療費の削減の必要性を示唆した。しかし、筆者はこの考え方に単純に同意はしない。