ブラック企業が悪用する「努力の罠」に落ちるな!
林 そうなんです。そして「やりたいことがない人」が多いからこそ、「やりたいことを提示してくれる人」に魅力を感じる人も多くなる。だからブラック企業は「やりがい」を餌に若者の努力を搾取しやすくなるのかもしれませんね?
中野 そこもやはり、日本人の気質と関わってくる部分です。「やりたいことが見つかるかどうか」は、「意思決定をすることに満足感を感じやすいか、感じにくいか」という生理的な差として現れます。日本人の場合は、「一般的にはこのほうが善だとされているから、こうしたほうがいいよね」と、自分ではなく周りの基準を大事にするほうが多数派なんですよね。73%くらいの人がこの傾向です。「自分がこれが善だと思うから、こうする」と自分の基準で意思決定する人は27%にすぎない。ヨーロッパでは自分基準で意思決定する人が50%を超えます。
林 おもしろいですね。
中野 ですからヨーロッパでは「みんなが言っていることに左右されずに、自分の意思を貫くほうがいいんだ」と考える人がすごく多いし、そのほうが評価される。一方で日本では、「やりたいことをやれ」と言われても、「いやあ、そう言われましても……」となってしまうんですよね。こういう人たちは何に幸せを感じるかというと、「みんなが求めていることをやれている自分が幸せ」と感じるんです。期待されている役割を果たせていることが幸せなんです。だから日本人は、「みんなに求められていることが何なのかを知る能力」に長けているんです。
林 すると、周りの期待をちゃんと読み取るということができて、かつその役割を果たす努力をすることが、幸せにつながるんでしょうか?
中野 その前に「自分がどの場所にいたらいちばん適切か」を見つける努力をしないといけないですよね。もしも自分がどんなにトレーニングをしても、そこでの役割を果たせないと考えるのであれば、ほかの場所を探したほうがいいと私は思います。
林 なるほど。「どこで力を発揮するのが適切か」を自分で考えて判断することが大切なんですね。
中野 そう、自分で考えることが大切です。先ほど林さんがおっしゃったように、ブラック企業は自分で考えさせないような「罠」を仕掛けてくるんです。仕事以外のほかの経験をさせないし、考えさせない。恐怖心をあおってバイアスをかける。人間は簡単にその「罠」にはまってしまうので、努力させて搾取するのはすごく簡単なんです。だからその「罠」にはまらないように、自分で考えなければいけません。
林 闇雲な努力は「罠」にはまりやすいんですね。
中野 そうです。とりあえ頑張ってさえいれば、何も改善していなくても、改善のための道を歩いているような気がしてきます。それが危険なんです。「ほかの道を進んだほうが、もっといい未来があるかもしれない」と、一瞬でも考えてみてほしい。たとえ自分が、周りに求められている役割を果たすことに幸せを感じる73%の人間だとしても、もっと自分を評価してくれる人がいるかもしれないと考えて、視野を広げてほしいです。
林 日本で、自分基準で意思決定をすることに幸せを感じる人が27%、周りに求められる役割を果たすことに幸せを感じる人が73%。改めてこの数字を見ると、僕にはとてもいいバランスのように思えるんです。27%の人たちが、73%の人たちの努力を搾取せずに、上手に協力を引き出せば、世界一強い国になる可能性がある。そのために、僕はロボットという分野で引っ張っていきたいですね。
中野 私は脳科学という分野から、人間の「人間らしさ」、日本人の「日本人らしさ」を活かしていい社会を築く可能性にアプローチしていきたいですね。この対談でも何度か話しているように、私は常々、人間にとっては「弱さこそ強みである」と考えているんです。人間の「弱さ」から生まれるゼロイチに期待したいです。
(おわり)