眠りながら「洗浄液」で
脳の疲労物質を洗い流す

「睡眠についても、さまざまな研究が進んでおる。ハーバード大学の睡眠クリニックでは、眠くなるまでベッドに入らない睡眠制限療法だとか、就寝の時間を遅らせることで睡眠の質を段階的に上げていく睡眠スケジュール法などのカウンセリング手法が積極的に導入されておる。ちなみに、研究からわかっておる『よい睡眠のための心得』がこれじゃ」

ヨーダは手元のタブレットで1つのスライドファイルを開いた。

・ 就寝・起床の時間を一定にする(←体内時計リズムを脳に覚え込ませる)

・ カフェインなど刺激物を控える(←交感神経が高まると寝つけない)

・ 悩みごとを書き出してから床につく(←悩みは脳を休ませない)

・ 朝起きたら日光を浴びる(←睡眠・覚醒のリズムができやすくなる)

・ 適度な運動をする(←適度な疲労は睡眠の助けになる)

・ 長時間の昼寝は避ける(←夜に睡眠欲求が減る。リズムが狂う)

・ 寝る直前の食事は控える(←食べ物の消化活動は眠りを妨げる)

・ ベッドでテレビやスマホを見ない(←脳が寝る場所でないと勘違いする)

・ 一度目が覚めたらベッドを出る(←ベッドは眠る場所と脳に覚え込ませる)

・ 就寝のための自分なりの儀式を持つ(←脳は習慣が好き)

・ 寝室をリラックスできる環境にする(←副交感神経優位で睡眠を促進)

「マインドフルネスを除けば、休息の最たるものは睡眠だということは誰も疑わんじゃろう。睡眠というのは脳の洗浄あるいはデトックスの時間じゃ。睡眠時のマウスの脳内を観察すると、脳脊髄液という洗浄液がより多く取り込まれておった。この洗浄液が、アミロイドβタンパク質という脳の疲労物質を洗い流してくれるんじゃよ[*2]。

*2 Xie, Lulu, et al. “Sleep drives metabolite clearance from the adult brain.” Science 342.6156 (2013): 373-377.

もちろん、マインドフルネスには睡眠改善の効果もいくつか報告されておるぞ。眠る前だとか夜中に目が覚めたときには、呼吸に注意を向けてごらん。こうして後帯状皮質などの活動を低下させて、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の活動を抑えれば、脳はより深く休息することができる。

いろいろな考えが頭を巡って眠れないときというのは、脳内のDMNが過剰に発動されとる状態じゃからの。

興味深い事実じゃが、アルツハイマー認知症の患者さんでは、DMNの働きというのはむしろ低下しておるんじゃ[*3]。なぜかわかるかな?あくまでも仮説ではあるが、認知症患者はDMNを年余にわたって使いすぎたために、この回路が耐久年数を超えてしまったのではないかと言われておる。実際、患者さんの脳を調べると、彼らのDMNには脳の疲労物質であるアミロイドβタンパク質がたんまりと溜まってしまっとるんじゃよ。認知症を防ぐという意味でも、やはりしっかりと睡眠をとることは欠かせんわけじゃな。

*3 Greicius, Michael D., et al. “Default-mode network activity distinguishes Alzheimer's disease from healthy aging: evidence from functional MRI.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 101.13 (2004): 4637-4642.

……ところで、まずはナツがしっかり休息するという約束、まさか忘れてはおらんよな?」

私はこくりと頷いた。

そうだ、まずは私自身がこの方法の効果を実証するのだ。

(次回につづく)