楠木建 一橋大学教授「経営の王道がある。上場企業経営者にぜひ読んでもらいたい一冊だ」と絶賛、青井浩 丸井グループ社長「頁をめくりながらしきりと頷いたり、思わず膝を打ったりしました」と激賞。経営者界隈で今、にわかに話題になっているのが『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』だ。
著者はアンダーセン・コンサルタント(現アクセンチュア)やコーポレート・ディレクションなど約20年にわたって経営コンサルタントを務めたのち、投資業界に転身し「みさき投資」を創業した中神康議氏。経営にも携わる「働く株主®」だからこそ語れる独自の経営理論が満載だ。特別に本書の一部を公開する。

「正気を疑われるほどの在庫投資」で<br />業界平均以上の利益率を上げたトラスコ中山の経営観Photo: Adobe Stock

在庫を増やすと残業が減る?
工具卸トラスコ中山の独特すぎる在庫の考え方

 卸売業らしからぬ圧倒的なリスクテイクで、障壁を築いているのがトラスコ中山です。ご存じの方は多くないかもしれませんが、トラスコ中山は工場や建設現場などで使用される機械・工具などの工場用副資材を、二次卸や三次卸に販売する一次卸です。障壁に裏打ちされた持続的業績を上げているのですが、背景にはどんなロジックがあるのでしょう。ここは中山社長ご自身の言葉を引いてみましょう(*1)。

中神康議(以下、中神) トラスコ中山は工具卸としては最後発ながら、業界屈指の業績を実現してきた会社です。年平均の売上成長率は業界平均2.5%に対して5%、営業利益率は業界平均3%に対して8%です。我々も職業柄、いろんな会社をみているつもりですが、トラスコ中山は単に業績が良いだけでなく、経営のユニークさが群を抜いています。まずトラスコの事業で特徴的なのは、「在庫は磁石」という言葉です。でも一般には在庫は軽いほうが良いとされますよね?

中山社長(以下、中山) 常識や定石というのはそれなりに納得感のあるものです。「在庫は少ない方が良い」と言われると、いかにもそんな気がしてきます。しかし、もし在庫を減らしていたら、現在の当社は存在しないと思うのです。

 工具卸という事業にとって、在庫はお客さんに価値を提供するための手段です。在庫が少ないと経営数値的には確かに良く見えるかもしれませんが、それでは品揃えや即日配送といった価値は提供できません。当社で最近急成長しているネット販売業者向けビジネスも、在庫とシステムの価値をお客様に認められたからこそ捕捉できた事業機会です。

 おもしろいことに同業の卸業者に対する売上も増えてきました。小口注文の場合ならメーカーに注文するよりも、同業であっても当社に注文した方が早く安く商品を調達できるからです。

 世間の常識に挑戦して、初めて見えてくることはたくさんあります。たとえば、在庫を増やすと残業が減るというと驚かれるかもしれません。でも在庫をたくさん持つことで、時間のかかる発注オペレーションが劇的に楽になるのです。また、他社からすれば、正気を疑われるほどの在庫投資・物流投資もしてきました。

中神 実際、1拠点30~200億円もかけた物流施設を全国26ヵ所に配置するなど、工具卸業界的には「顎が外れる」ほどの設備投資をしています。

中山 実は、社長を継ぐと決まった当初は、戦略どころか会社をどのように運営していくかにさえ、悩みに悩む有様でした。ところが、開き直って「そもそもこの会社はいったい何者なのか」という原点から考え直してみたところ、道が拓けてきた気がしました。

 当社は工具卸ですから工具を販売店に売っている。でも、実際に工具を使うのは製造業です。ならば製造業そのものに貢献しなくてはならないと考えました。そうして生まれたのが「がんばれ!! 日本のモノづくり」という標語です。

 もちろん標語を掲げるだけで差異は生まれません。日本のモノづくりに貢献するためには何を実現すればよいか。それを考えた結果、日本全国津々浦々へのクイックデリバリー実現という姿が見えてきました。それには、各地に大きな拠点を配置し、各拠点に大量の在庫を持ち、さらには自社配送の仕組みまで持つことがどうしても必要なのです。こうしてできあがったのが現在の、在庫や物流拠点に大きな投資を行う事業モデルの原型です。

中山 営業のあり方も他社とはかなり違います。工具卸業界では営業が御用聞きに徹して無理難題にも応じながら関係を維持していくスタイルが一般的ですが、トラスコ中山はそこに重きを置いていません。お客様であっても、理不尽なこと、間違っていることを言うこともあります。

 それらすべてに応えていては会社は持続しませんし、なによりも社員が誇りをもって仕事ができないでしょう? 間違っていることは間違っているとはっきりいう。それで嫌われても、関係を切れないような存在になれば良い訳です。言い方は悪いですが、「ホントはおたくからは買いたくないんやけど、それでも買わんと仕方ない…」と言われるような会社を作るのが究極の目標です(笑)。

中神 それが「問屋を極める・究める」ということなのですね。“切りたくても切れない”というのは関係づくりの真髄ですね。顧客に提供している価値は何であって何でないのか、考え抜くからそういった発想がでてくるのでしょうね。

 工具卸というビジネスは、普通に営んでいると顧客別や商品別固有コストがどんどんかかってしまう分散型事業の典型です。事業経済性に照らすと、この「型」の鉄則は、細かな収益性の管理による店舗や商品、あるいは顧客のこまめなスクラップ・アンド・ビルドです。儲からなくなった商品や顧客はどれなのか、管理会計を精緻に行って、少しでも儲からなくなったものをこまめに切っていく。これが事業の鉄則で、大きなリスクテイクが必要な規模型事業の運営とはまったく違うはずです。

 しかし、トラスコ中山はいくつもの大型物流施設、大量のトラックと人員が必要な自前の輸配送網、40万点を超える在庫などに莫大な投資をしています。分散型事業の経済性の鉄則に背を向け、大きなリスクを取っているのです。

 しかし、その逆説的なリスクテイクは、いまのところ業界平均以上の利益率につながっています。本来は分散型の事業においてリスクを取り、事業モデルを規模型に転換することで、「規模の経済と顧客の囲い込みの組み合わせ」を狙っているのです(このリスクテイクが本当に実を結ぶかは注視する必要があります)。

*1 『みさきニューズレター』第11号、2018年8月

(本原稿は『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』の内容を抜粋・編集したものです)