フォロー
坪井賢一
第32回
最後の大規模な公開演奏会だった「クリスマス・コンサート」(新宿文化センター)の4カ月前、2004年8月15日、大阪のコンサート会場でWild Catsのドラムス、飯田三千さんが本田美奈子さんの控室をたずねた。15年ぶりの再会だった。

第31回
2004年12月、コンサートへ4回出演した本田美奈子さんの体調は悪化していたようだが、舞台では元気いっぱい美しいソプラノ・ヴォイスを聴かせた。曲目はアルバム(「AVE MARIA」「時」)から選択され、本田美奈子さんのスタイルが確立していた。

第19回
最新の脳科学と偉大な先人の哲学が融合するサイエンス・ノンフィクションの大作
人間の心の動きや行動を解き明かす試みは、学術的な関心だけでなく、ビジネスや教育など幅広いジャンルで注目され続けています。今回紹介するのは、神経科学の分野の第一人者である著者が最先端の脳科学を突き詰めることで、300年以上前に生きた先人の哲学的思想に出会う…そんな壮大な作品です。

第30回
ソプラノ・ヴォイスによるアルバム「時」は生前最後のアルバムであり、1992年の「ミス・サイゴン」以来、私淑してきた岩谷時子さんへのトリビュートという側面もあったようだ。今回は、同アルバムのプロデューサー岡野博行さんに選曲の秘密を聞く。

第16回
広大かつ未開拓な市場はどこにでもある!世界中の先進企業がこぞって採用した戦略論
従来にない新しい価値を提供できれば、そこには無限の潜在的市場が生まれます。競争のない世界を創造する――これは今回紹介する『ブルー・オーシャン戦略』のサブタイトルです。最新のヒット商品・サービスのウラに必ずあるといってもいい、戦略論の新スタンダードはこの本から生まれました!

第29回
2004年11月、生前最後のアルバム「時」が発売される。この年後半も各地でコンサートに出演し、技術と表現力に磨きをかけていたが、秋から体調が悪化。翌年1月に入院する。今回から舞台に立った最後の4ヵ月を追い、共演した音楽家の胸に残る美奈子さんを記録する。

第28回
1988、89年とMinako With Wild Catsを率いたあと、解散後はソロにもどり、91年「ミス・サイゴン」以降、主舞台はミュージカルに移る。2003年5月にクラシック・アルバム「AVE MARIA」を発売、クラシックのソプラノ歌曲を歌うにいたる。

第14回
意思決定は合理的ではありえない――ノーベル賞に輝いた「限られた合理性」との対峙
経済はどう動くのか、売り買いのどちらがトレンドとなるのか。誰しもが合理的に考えて行動しているはずなのに、先行きの予測は困難です。この人間の合理的な意思決定が限定的なものであることを定義し、経営学における組織研究に昇華させたノーベル経済学賞受賞者による渾身の大作を紹介します。

第27回
本田美奈子さんがロックバンドMinako With Wild Catsを率いて活動した1988年、89年は、日本のポピュラー音楽史では大きな転換期にあたる。テレビの歌謡番組が軒並み不振に陥り、家族でテレビの音楽番組を視聴する時代が急に終わりを告げたのである。

第11回
大学院の社会人入試に必須「研究計画書」の意義と役割がわかるロングセラー
キャリアアップの選択肢のひとつ「大学院の社会人入試」。大学院は「小論文」と「研究計画書」のみで受験できる場合も多く、社会人に向けて大きく門戸が開かれています。さて「研究計画書」とは?この謎の提出必須書類についていちはやく解説した書籍『研究計画書の考え方』が今回の1冊です。

第26回
1987年春にブライアン・メイの作品2曲を発売した本田美奈子さんは88年1月、女性ロック・バンド、Minako With Wild Catsを結成し、春からツアーに出ている。結果的に2年足らずで事実上解散したが、ロックの激しい歌唱法はこの時期に完成している。

第8回
大量生産の世紀を実現させた手法!小説化もされた「マネジメントの原点」
大ベストセラーとなった『もしドラ』の影響もあり、「マネジメント=ドラッカー」というイメージもありますが、そのドラッカーをして”マネジメントのルーツ”と言わしめる人物がいました。今回紹介するのは、その人、フレデリック W. テイラーによる歴史的な1冊です。

第25回
フレディ・マーキュリーとオペラ歌手モンセラ・カバリエのアルバム「BARCELONA」が発売された1988年10月、フレディはクラシックへ乗り出した。一方、本田美奈子さんはロックバンドMinako With Wild Catsを結成し、アルバム制作とライブ・ツアーに出る。

第6回
型破りな経営者たちの生き方に迫った型破りな「知の巨人」
起業家、経営者の中には変わり者と見られている人が多くいますが、あまり目立った派手な言動を取ると「出る杭は打たれる」こともままあります。しかし社会が劇的に変化した明治・大正期には現在よりもエッジの効いた「破天荒な実業家」たちがいましたーー。

第24回
本田美奈子さんがブライアン・メイのプロデュースでシングル盤を発売したのは日本で1987年4月、英国では5月だった。この年、フレディ・マーキュリーは世界的なオペラ歌手モンセラ・カバリエと共演し、オペラ歌手が大衆的な人気を獲得する端緒をつくった。

第4回
迫る南海トラフ巨大地震で何が起こるのか?「福島」の的中だけに終わらない警告の意味
東日本大震災から2年。大地震による原発事故はかねてから警鐘を鳴らされていたものでした。30年以上前からその危険性を指摘してきた広瀬隆氏が『原子炉時限爆弾』というショッキングなタイトルの書籍を刊行したのは「3.11」の半年前。そして、氏が警告しているのは、福島だけではないのです。

第23回
前回、本田美奈子さんが2002年11月に編集して日本コロムビアの岡野博行さんに渡した研究用MD9枚102曲を紹介した。解説の残り1曲はサラ・ブライトマンの「Who Wants To Live Forever」である。この曲は英国のロックバンド、クイーンのカバーだ。

第2回
世界の「限界」をいち早く予測し、その危機への方策を示した指針の書
世界の成長には限界がある――。その警告的な内容は刊行当初から反響を呼び、後に石油ショックが起こるなど現実味を増すごとにさらなる注目を集めてきた脅威のベストセラー『成長の限界』。刊行から40年の時を経ても色褪せない未来への知見とは?

第6回
環境省が出した年間の公衆被曝の上限について、最近「年間1mSv基準は厳しすぎるので引き上げるべきではないか」「100mSvまでは健康に影響しない」という論調を全国紙で散見するようになった。しかしこれには大きな誤解がある。

第22回
初のクラシック・アルバム「AVE MARIA」の企画にあたって、本田美奈子さんは日本コロムビアのプロデューサー岡野博行さんに「これが私のイメージ」と、9枚のMDを渡している。このMDを全部聴き、本田さんがどのような研究を続けていたのか考えてみたい。
