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坪井賢一
第21回
8年ぶりのアルバム「AVE MARIA」で本田美奈子さんは、研ぎ澄まされて浄化していく表現力を披露し、リスナーを驚かせた。この時期の本田さんの姿を、写真家の原田京子さんが間近で記録している。

第20回
2002年11月上旬、本田美奈子さんは日本コロムビアのクラシック・プロデューサー岡野博行さんと最初の打ち合わせに臨んだ。まずはお互いを理解するために、本田さんと岡野さんは互いには自分の楽曲イメージを伝える曲や候補となる楽曲を送り合った。

第19回
日本コロムビアのクラシック部門プロデューサー岡野博行さんが、初めてライブで本田美奈子さんの演奏を聴いたのは2002年8月31日だった。岡野さんは当時、「クラシック以外の歌手が歌うクラシックのアルバム」というコンセプトに合う歌手を探していた。

第18回
「この5年後に亡くなるとは……」と、15周年リサイタル(2000年10月13日)の記録用ビデオを見ながら、高杉敬二さんは絶句した。本田美奈子さんは、ミュージカル、演歌、ロック、ポップス、クラシックを縦断するリサイタルで、最高の歌唱を聴かせた。

第17回
2000年後半、2つの大きな演奏会を迎えた。「日豪フレンドシップコンサート」(6月19日)と「本田美奈子15周年リサイタル 歌革命」(10月13日)である。今回と次回は、ポピュラー音楽と芸術作品を自由に往復する独自の道への第一歩となった2つの演奏会を「実況中継」。

第16回
1999年2月12日、本田美奈子さんは初めて「題名のない音楽会」(テレビ朝日)に出演した。「題名のない音楽会」は、指揮者とオーケストラが出演し、多彩なゲストを招いてクラシックとポップスを往復するところに特色がある。

最終回
経済とのおもしろい関係!誰かに話したくなる選挙のいろは~政治ビギナーはこれを読め!~
TPP、原発、消費税問題…様々な注目トピックにあふれる今回の総選挙。その中でも国民の関心が高いのがやはり「経済」。それでは、経済政策でどのようなことが起こっていくのか?投資家やビジネスマンだけではない、生活者として大事な経済政策のお話。

第2回
選挙が面白くてたまらなくなる基本のキ~政治ビギナーはこれを読め!~
今回も選挙が面白くてたまらなくなるエッセンスが凝縮されています!政治シロウトの方も、選挙ってイマイチ分からない…という若人も、真剣に投票を考える方も、読みながらすっきり頭が整理されます。選挙に行く前にぜひ読んでおきたい投票のキホン。

第1回
選挙前に知っておくべき「バブル以降」の話~政治ビギナーはこれを読め!~
いよいよ始まる総選挙。実は、選挙と経済学はとても密接な関係があります。この連載を読むだけで、今回の選挙ががぜん面白くなること間違いなし!『改訂4版 めちゃくちゃわかるよ!経済学』の坪井センセイが、分かりやすく講義してくれました。明日だれかに話したくなる政治と経済のハナシ。

第15回
本田美奈子さんのクラシックへの扉を開けたのは作曲家の三枝成彰さんだったが、背中を押したのは2人の音楽家だった。1人は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団のトランペット奏者、木村英一さん、もう1人は93年から99年まで同オーケストラの企画を担当したピアニストの五月女京子さんだ。

第14回
本田美奈子さんはアイドル・ポップスからロックを経てミュージカル、そしてクラシックの声楽を学び、やがて同じ曲の中でも自由に歌唱法を往復できるまでになるのだが、どのようにして驚異的なテクニックを身につけたのだろうか。

第13回
本田美奈子さんは「ミス・サイゴン」の成功後、ミュージカル出演の要請が押し寄せていたのだが、本田さんは「レ・ミゼラブル」10周年記念公演を選択した。島田歌穂さんとダブルキャストだったが、彼女は島田さんと異なる独特の歌唱をし、人々を魅了した。

第12回
作詞作曲に取り組み、ミュージカル「王様と私」の練習が続いていた1996年6月28日。 本田美奈子さんは初めてオペラを歌った。曲目はプッチーニ「蝶々夫人」第2幕の有名なアリア「ある晴れた日に」である。プロデューサーは作曲家の三枝成彰さんだった。

第11回
本田美奈子さんは「MINAKOえとせとらテープ」に各国女性ヴォーカリストなどの楽曲を編集して収録し、サウンド、歌唱法の研究材料としていた。さらにディレクター牧田和男さんの下で、曲の創作も始めたのだった。

第3回
渥美清、谷啓、フランキー堺が主演する喜劇映画を撮り、テレビの世界では山口百恵主演の「赤い」シリーズ、「スチュワーデス物語」、「HOTEL」等の監督として活躍した瀬川昌治さん。この10月に87歳を迎えるが、今も現役監督として意欲は旺盛だ。

第10回
アルバム「Junction」では、驚くほどみずみずしい声を披露し、ミュージカル・スターの座に着くと同時にポップス歌手としても一段成長して復帰した。そして続けて新しいアルバムの制作にとりかかる。95年6月に発売された「晴れときどきくもり」である。

第9回
「Music Fair」は1964年8月31日に第1回が放映され、現在まで48年間続いているポップス専門音楽番組である。そんな歴史ある番組に本田美奈子さんは86年から2003年までで、23回も出演している。今回は、その17年を「Music Fair」プロデューサー石田弘さんと振り返る。

第8回
1994年9月25日に発売された本田美奈子さんの5年ぶりのオリジナル・アルバム「Junction」は、プロデューサー渋谷森久さんと岩谷時子さんが戦後日本のポピュラー音楽史を整理し、本田さんに手渡して物語を書き続けるように託した作品ではないだろうか。

第7回
東宝ミュージカル「王様と私」でソプラノ音域をフォルテの裏声(頭声)で歌い、観衆を驚倒させた本田美奈子さんは、同時にまったく発声法の異なるポップスの新作を発売する。ポップスでは少女のころよりも瑞々しい美しさを広い音域で表現するようになっていた。

第6回
本田さんはポップスの新作アルバムを1994年、95年と2年続けて発売した後、96年に東宝ミュージカル「王様と私」に出演した。この作品は、本田さんを「第2の越路吹雪」と絶賛した岩谷時子さんが初めてブロードウェイ・ミュージカルの訳詞を手がけた作品だった。
