
愛宕伸康
このところの長期金利(10年国債利回り)の上昇は、インフレ期待の高まりが主な要因だが、超長期債利回りの上昇は買い手である海外投資家が財政拡張のリスクを意識していることが反映されている。今後、補正予算編成などで財政規律の弛緩(しかん)が意識されれば、英国の「トラス・ショック」のような長期金利跳ね上がりは起こり得る。

米国エール大の試算では、トランプ関税で米国の実効関税率は16~17%まで上がっているが、現状は貿易業者やメーカーが自らのマージン引き下げで対応している。とはいえ企業収益悪化から米景気は7~9月期に成長率低下が顕在化、10~12月期には後退局面入りが予想される。

トランプ「相互関税」の発動で中央銀行はインフレと景気減速をにらんだ難しいかじ取りを迫られるが、FRBは物価上昇への影響は短期的とみて景気重視で早ければ5月に利下げをすると考えられる。日銀は5月展望レポートで経済・物価見通しを修正、いったんは利上げを停止するだろう。

日本経済は人手不足による供給制約が強まり、企業の人材確保のための賃金設定行動が広がっている。このため少しのGDPギャップ改善でも物価が上がりやすいほか、購入頻度の高い生活関連品の物価上昇が大きいことで人々のインフレ期待が高まりやすいことも、金融政策運営の新たな留意点だ。

物価高対策などの経済対策が繰り返される中で政府が「デフレ脱却宣言」をしないのは、脱却の4条件の一つとして挙げるGDPギャップが依然、マイナスだからだ。プラス化の時期を単純に試算すると、宣言は2025年7~9月期となるが、鍵は消費者物価上昇のモメンタムだ。

石破茂首相は、岸田前政権の「デフレ脱却」の路線を継承し実質賃金引き上げを目指すことを掲げたが、そのためには労働生産性を引き上げることが王道だ。実質賃金と生産性、物価には連動が見られ、生産性向上がないと結局、日本経済は変わらない。

7月利上げを機にした為替や株式市場の乱高下は、日銀と市場のコミュニケーションの混乱、とりわけ日銀がどういう経済情報に着目し政策運営を判断するのかの情報発信がブレたことが大きな原因だ。このことは、次の利上げのタイミングを予想する上でも重要な要素だ。

日本銀行の国債買い入れ減額計画を基に独自試算をすると、日銀の保有国債残高は2050年に今の約半分の240兆円になる見通しで、民間の国債買い入れ余力を想定しても長期金利は4%弱から6%台半ばに上昇する。金利安定のためには財政規律維持とともに日銀も国債買い入れの基本原則を明確にする必要がある。

国債買い入れ減額を決めた日本銀行の金融政策正常化の次のステップとして注目される「追加利上げ」は実体経済の状況を考えると9月が本命だ。日銀は2026年まで2年をかけて政策金利を1%まで引き上げることを想定しているようだが、2%物価目標実現を前提とした正常化シナリオは不透明だ。

利上げによる日銀の財務構造への影響を試算すると、1%利上げで単年度赤字になり2.5%利上げで債務超過になる。それで政策運営能力を損ねることはないが、本質問題は、日銀が赤字対応で経費節減を迫られ、本来必要な利上げを躊躇(ちゅうちょ)しインフレを放置するのではとの疑念が持たれ、信認が失われる懸念だ。

日米の金融政策の格差の背景にはインフレ率の差があり、80年代以降、2%程度の乖離が常態化している。これは生産性や賃金など経済構造に起因しており、日銀がFRBと同じ物価目標を掲げるのには無理がある。

6月FOMCを機に早期利上げ観測が強まるが、長期金利は低下し潜在成長力の下振れを示唆する。FRBは「高圧経済」政策で潜在成長力引き上げを狙っているが、壮大な政策実験だ。

日銀が続ける新型コロナ特別オペによって、金融機関の貸出が顕著に増え、市場でマネーが膨張している。今の日本には、経済活動に見合わない過剰なマネーが流通しているのはないか。マーシャルのkを使って、ポスト・コロナ時代の資産バブルのリスクを分析してみよう。

深刻なコロナ禍を受け、日銀は先の金融政策決定会合で新たな対策を示した。黒田総裁は「できることは何でもやる」と強調し、市場にもそれを当然と見る空気がある。しかし、日銀が「何でもやろうとすること」はどこまで妥当なのか。この機にあえて課題を指摘したい。

3月から5月にかけて、日本経済はすでに景気後退に陥っているのではないかと大騒ぎになった。にもかかわらず、政府や日本銀行は「緩やかな景気拡大」という基本認識を変えず、いつの間にか市場の景気後退懸念も沈静化しつつある。あの喧騒はいったい何だったのか。

6月11日に発表された「骨太の方針」の原案に、消費税率の8%から10%への引き上げが明記された。よほどのことがない限り、政府は増税を実施する方向だ。現段階で1つ言えるのは、世界景気が鈍化し米中貿易戦争がエスカレートする中で、消費増税を予定通り行った場合のリスクと増税を延期した場合のリスクを、冷静に比較考量する必要があるということだ。
