不妊治療の保険適用に「ほかの政策とは比較にならない感謝の声」、菅義偉が実現した肝いり政策の全容不妊治療支援は政権発足後早々に対策を指示した、筆者肝いりの政策だ。写真は筆者と田村憲久厚生労働大臣(中央・当時) Photo:JIJI

少子化対策は喫緊の課題だ。菅政権では、不妊治療の保険適用の拡大を実現したが、数々の取り組みの中でも特に感謝の声を頂くことが多い、思い入れ深い政策だ。今回は、その導入経緯を振り返ろう。(第99代内閣総理大臣/衆議院議員 菅 義偉)

不妊治療に費用の大きな壁
体外受精は1回で50万円

 少子化対策は政策課題の中でも、極めて短期のうちにその成果が明らかになるテーマである。毎年、厚生労働省が発表する人口動態統計の出生数により、対策が功を奏しているかが分かるためだ。

 少子高齢化問題が顕在化してからすでに四半世紀以上がたっているが、残念ながら出生数は減少の一途をたどっている。2024年は出生数が過去最少の70万人を下回るのではないかとの試算も出ている。ただ、その中で伸びているのが、不妊治療による出生数である。

 私は20年の総裁選出馬の際に、不妊治療の保険適用を目玉政策に掲げた。少子化対策はこれまで、主に生まれた子供や親に対する支援、出産後の女性の社会復帰制度の拡充などに目が向けられてきたが、それより前の「出産まで」をバックアップするのが狙いだった。

 女性の社会進出や晩婚化は年々進んでいる。20年時点で、女性の平均初婚年齢は29.4歳、第1子を産む母親の平均年齢は30.7歳と、1980年と比べて4歳上昇した。

 生殖医療の発達により、高齢出産に臨む人や不妊治療を受ける人たちも増えている。だが、不妊治療にかかる費用は膨大なものになる場合がある。当事者の身体的・心理的負担は極めて大きい一方、働きながらでなければ費用を捻出できないケースが多いのだ。

 男女問わず不妊治療によって心身に負担がかかるが、だからといって仕事を辞めてしまえば治療費を払い切れず、その後の子育て費用も捻出できなくなる。厚労省の調査によれば、人工授精は1回につき平均で3万円、体外受精は50万円、顕微授精はさらに高額となる。不妊治療の大半は自由診療であり、より妊娠の確率を高めることを望んで、新しい治療法やより良い病院を選ぶために奔走する当事者も少なくない。

 これまでも国や地方が助成制度を設けてはいたが、年齢や所得に条件があった。国の助成は、治療を始めたときの妻の年齢が40歳未満で6回まで、40歳以上43歳未満で3回までが対象となり、夫婦合算で年間所得が730万円未満という制限があった。

 年齢制限は「女性のためにも必要」という声がある一方、所得制限についてはそうではない。体外受精1回で50万円もの費用がかかることを考えれば、所得の線引きの妥当性についての議論も出る。もちろん予算は有限ではあるが、少子化対策は待ったなしなのだ。

 子供を授かりたいと願いながら、治療費の壁に阻まれてしまう。ならば、政策によってその壁を少しでも低くするべきだ。そうした思いから、横浜市議会議員時代から関心を持ち続けてきた少子化対策、妊娠出産の分野での施策を肝いり政策として掲げたのである。

 厚労省は、これまで原因が明らかな場合の治療を保険の対象としていた。一方で体外受精は、原因不明の不妊症を治療するのではなく、別の方法で子供を産めるようにするものであると、保険適用の対象としてこなかった。