世界の哲学者はいま何を考えているのか――21世紀において進行するIT革命、バイオテクノロジーの進展、宗教への回帰などに現代の哲学者がいかに応答しているのかを解説する、哲学者・岡本裕一朗氏による新連載です。9/9発売からたちまち重版出来(累計3万部突破)の新刊『いま世界の哲学者が考えていること』よりそのエッセンスを紹介していきます。第17回は現代における地球環境保護にまつわる哲学者たちの議論を解説します。
環境は人類よりも大切なものか
今まで環境保護を唱えるとき、人間中心主義か非人間中心主義か、人間の経済的利益か自然の全体的生態系かという二者択一が提示され、非人間中心主義、自然の生態系を重視するよう求められてきました。ところが、こうした主張は、現実性に乏しく、じっさいの政策立案に役立たないものとして批判され、もっと現実的な環境政策を考えるには、どんな理論が必要なのか、問い直す議論が巻き起こっています。
その試みの一つとして、「生態系サービス」という考えに着目してみましょう。この考えは、21世紀を迎える頃、国連を中心に提唱されたもので、「人々が生態系から直接・間接に享受する便益」を意味しています。
この「生態系サービス」は、一般に四つに分けて議論されています。(1)食糧・水・木材・繊維・遺伝子資源などを供給するサービス、(2)気候・洪水・疫病・水質を調整するサービス、(3)レクリエーション・審美的享受・精神的充足感などの文化的サービス、(4)土壌形成・花粉媒介・栄養塩循環などのように、他の生態系サービスの基盤となるサービスです。
ここから分かるのは、「生態系」という環境の価値が、サービスという人間的な経済利益と結びつくことです。こうした方向で、実際に、生態系サービスを全地球的な規模で経済的に評価した研究が、1997年の『ネイチャー』誌に掲載されました。環境経済学者のロバート・コスタンザたちは、「世界の生態系サービスと自然資本の価値」という論文で、「生態系サービス」を17の種類に分け、それぞれの全地球的な価値を貨幣評価しているのです。それによれば、地球全体の生態系サービスの貨幣価値は、年間16兆ドルから54兆ドルであり、平均値としては、およそ33兆ドルと見積もられています。
この評価で注意すべきは、生態系サービスの評価については、現在のところ不明な点が多く、評価額はあくまでも最少額だ、という点です。したがって、研究の進展によって、評価額はもっと増加することが予想されます。それにしても、この評価額は決して少ないものではありません。というのも、当時の世界全体のGNP(当時の基準)の年間総額が、およそ18兆ドルだったからです。この額を見ると、生態系サービスがいかに高い評価なのか、理解できると思います。そのため、コスタンザの研究チームも、次のように述べています。
この研究が明確にしたものは、生態系サービスがこの地球上における人間の福利に対して、きわめて重要な寄与をなしていることである。
しかし、そもそもコスタンザたちは、どのようにして「生態系サービス」の評価を行なったのでしょうか。これについて、近年注目されているのは、CVM(仮想評価法)と呼ばれる方法です。これは、アンケートによって「環境を守るためにいくら支払ってもよいか」という支払意志額(WTP)を尋ねて、環境の価値を金額で評価する方法です。コスタンザたちの評価も、基本的にはこの方法を使っています。
われわれの研究で使われている評価法は、直接的あるいは間接的な仕方で、生態系サービスに対して個々人がいくら「支払う意志」があるのかを評価するものである。
この方法に、問題点があることは、コスタンザたちも自覚していますが、それでも環境の価値を生態系サービスという形で、客観的に打ち出したことは重要ではないでしょうか。環境の価値を、人間の経済的な利益と対立して理解することは、現代ではもはや不可能になっています。