偏った人を活かすマネジメントを

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
1962年、東京都に生まれる。脳科学者、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学の研究員を経て現在はソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」=感覚の持つ質感をキーワードに「脳と心の関係」を研究している。2005年に小林秀雄賞、2009年に桑原武夫学芸賞を受賞。著書に『走り方で脳が変わる』(講談社)、『脳とクオリア』(日経サイエンス)、『心を生み出す脳のシステム』(NHK出版)、『ひらめき脳』(新潮新書)ほか。2015年刊では『結果を出せる人になる!「すぐやる脳」のつくり方』(学研)、『頭は「本の読み方」で磨かれる』(三笠書房)などがある

茂木 単語が覚えられないというのは、ある特定の能力が欠落しているということだと思うんです。そういう場合、何か別の能力が過剰に発達するケースがある。例えば、文字の読み書きに著しい困難を抱えるディスレクシアの方は、音で聞いて話を理解する能力が突出していることが多いんです。そういう欠落に、僕はすごく興味があります。

 つまり、それが個性になるんですよね。僕は日本でイノベーションが起こりづらい原因の一つに、個性を活かす教育が不足していることがあると考えています。欠落を矯正する教育になっているというのでしょうか。欠落が個性だとすると、それを標準化する方向に教育されてしまう結果、抜きんでた個性が生まれづらくなっているのかもしれません。

茂木 ああ、それは120%同意ですね。

 これは僕の経験知ですが、エンジニアの仕事は、自閉症スペクトラムの傾向がある人がすごい能力を発揮する傾向があると思います。でも、そういう方々は対人コミュニケーションが苦手なことにより、学校教育の中ではネガティブな評価を与えられてきているんです。

茂木 そうでしょうね。数理的な能力が高いことは、社会的な適合にはつながっていないですよね。

 アメリカ西海岸のFinTech界隈のシステム開発などは、むしろ積極的に自閉症スペクトラムの方々を集めているから強い、という話も聞きました。日本企業だと、新卒採用のグループワークや面接で、そうした能力の高い人を落としてしまうんじゃないでしょうか。

茂木 僕は大学のAO入試が、そうしたアウトサイダーの受け皿になると考えていたんです。でも、日本だと「人物重視」というと、高校の成績がまんべんなくよくて、面接で自分をアピールできる人が受かるみたいですね。

 本当は、能力によって分業するべきなんですよ。コミュニケーションに長けている人が、開発の実作業で成果を出せるかというとそうではない。そういう人たちは、開発能力の優れている人たちが働きやすいよう、マネジメントをする方にまわればいいんです。機械などはちゃんと機能によって何をやるべきかが決まっているのに、人間はその先の仕事の性質に合わせて採用し、分業させないのかが謎です。

茂木 まったくもってそうですね。

 そもそも小学校から高校までの学校が、まず標準の箱に入れてみんな一緒に教育するというのが問題ですよね。何が得意なのか仕分けて、別々の箱に入れるところからスタートして、それぞれの特性を伸ばしていくべきだと思います

茂木 プログラミング言語のRubyを開発したまつもとゆきひろさんって、高校3年のときの数学の成績が1だったそうなんですよ。しかも、謙遜なさっているのかもしれませんが、プログラマとしても特別に優れているわけではない、と。でも、高校生からプログラミング言語を10個以上独学で学んで、最終的にRubyをつくりだした。つまり、プログラム言語の仕様を考えるという能力が突出していたわけです。この能力は、学校教育では見つけられづらい。でもこれからは、そういう能力を活かしていくような教育をしないと。

 そうですね。

茂木 今の日本だと会社に入ってからも、何かが欠落したまま標準的な箱に入れられて働くことになる。それは大変ではありませんでしたか?林さんはそういう環境において、どうやってサバイブしたんですか?

 人と意見が食い違って、反対されるのはまだいいんですよね。私が一番つらかったのは、がちがちに細かくマイクロ・マネジメントをする上司の下についたときですね。すごく優秀な上司だったのですが、とにかく性が合わなくて、恥ずかしながら、30歳をすぎて何回かおねしょをしてしまいました……。

茂木 ものすごいストレスだったんですね……。

 自分は普通の仕事がこんなにできないのか、と落ち込む日々でした。
でも、苦手なマイクロマネジメントも、繰り返しやることで慣れて、一応できるようになったんですよ。人間は何事も、繰り返し学習するとできるようになるんですね。今では、「これだ!」と思ったら深く考え過ぎずにやってしまうという軸と、細かくプロセスをマネジメントするという全く異なる2つの軸を持っていることが、自分の強みになったと思っています。