自身のランニング体験について綴った『走り方で脳が変わる!』を出版した茂木健一郎さんと、感情認識ロボットPepperの元開発リーダーで、現在はGROOVE Xという会社を立ち上げて新たなロボットを作っている林要さんの対談。第2回のテーマは「個性」。個性を活かすことがイノベーションの鍵となるが、日本の学校や企業は個性をつぶす方向に教育およびマネジメントされていることが多く……。個性が尖った人、一般的な人、どちらも活躍する社会をつくるにはどうすればいいのかについて、二人が語る。(構成:崎谷実穂、写真:榊智朗)

「思い込み」が個性になる

茂木 僕は、個性とイノベーションは大きな関係があると思っているんです。林さんは、自分の能力の特異点はどこだと思いますか?

 うーん、思い込みですかね。人の個性と言われているものは、思い込みに近いんじゃないですか?

茂木 ほう、ご自分でそうおっしゃるのがおもしろい(笑)。

 例えば、イチローが人工知能だったらあの人生を選択しないと思うんです。自分とメジャーリーガーとの体格差などを考慮したら、メジャーに挑戦して勝てる可能性は極めて低いと計算されるでしょう。そもそも、選手人生における怪我のリスクなどを考えたら、野球選手になるという選択肢も選ばないかもしれない。でも、彼は子どもの頃に「野球選手になる」と思い込んだから、あそこまで大成したわけですよね。

茂木 インタビューで聞いたのですが、中日ドラゴンズの試合をほんの3歳の頃に見て、それから練習を始めたんですよね。野球選手が自分のスターだと思い込んだ。

 そういう不合理な思い込みが個性になって、限界を突破する能力が出るんだと思います。

茂木 それは、いまバズワードになりつつある「グリット」、最後までやり抜く力の話につながりますね。

アンジェラ・リー・ダックワース 「成功のカギは、やり抜く力」
https://www.ted.com/talks/angela_lee_duckworth_grit_the_power_of_passion_and_perseverance?utm_source=twitter.com&utm_medium=social&utm_campaign=tedspread

 それは、重要なポイントですね。

茂木 グリットについては、元教師の心理学者・アンジェラ・リー・ダックワースが研究をしていて、IQや才能とは関係なく、「物事に対する情熱」「目的を達成するために長い時間、継続的に努力する力」がある人が成果を出すという結果が出ているそうです。画家のアンリ・ルソーなどが典型ですよね。彼はずっと周りから絵が下手だと言われ続けていたけれど、税関の職員を務める傍ら、ずっと描き続けた。そして今では巨匠として名を残しています。下手だと言われても描き続けられるのは、もう思い込みでしかない。

 そうですね。思い込んで、粘り強く頑張るから、個性が生まれ、イノベーションが生まれる、ということかもしれませんね。ところで、粘り強くがんばれるときって、コンプレックスがもとになっていることもありますよね。必ずしも、恵まれた境遇に育った人が成功するわけではない。

茂木 林さんは、なにかコンプレックスがあるんですか?

 そうですね……意味記憶の記憶力が悪いこと、でしょうか。学生時代はそれがものすごいコンプレックスでした。九九さえも、なかなか覚えられなかったんです。クラスで下から2番目に習得が遅かった。歴史の年号とかもダメでした。

茂木 英語はどうですか?

 英単語などが覚えられないので、ダメでしたね。僕は社会人になった時のTOEICのテストが248点だったんですよ。TOEICの満点が990点で、4択問題だから、1から4の番号を書いたカードをあてずっぽうに引いて番号を書いたのと同じくらいの点数だってことです(笑)。

茂木 確率的にね(笑)。今でも英語は苦手ですか?

 それが、ドイツでF1のエンジニアとして働く機会を得て、変わったんです。渡独した当時はまだ全然話せなくて、他のエンジニアと意見が対立したときに、明らかに相手が間違っているのにちゃんと反論できなかった。それが悔しくて、涙がポロッと出ました。30歳過ぎても、こんなに悔しくて泣けてくることがあるんだなと。それで、このままではいけないと猛勉強した結果、英語で議論ができるようになりました。