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重ねる技術:
信じられる理由をつくる

 多くの企業も商品も、あることないことを主張します。しかし、一方的に主張したところで、消費者はすぐにそのウソに気づくわけです。そもそも信じることができないわけです。

 そこで重要になるのが、「主張」だけではなく信じられる「理由」です。

 マーケティングでは、それをReason to believe(信じられる理由)といいます。この信じられる理由を、利用者側が信じたいストーリーとともに伝えることが大切になります。

 重なりをつくるうえで、信じられる理由はいわば接着剤のような役割を果たします。仮に主張でうまく重なりをつくれても、根拠が弱ければすぐに剥がれてしまいますが、強いReason to believeを構築できれば競争優位になります。

 たとえば、新製品のガムが歯にいいと言われたら信じるでしょうか。そもそもガムは歯にくっつくし、長い時間、口に糖分を含むことになるので歯に悪いと信じられてきました。

 この世間の常識を打ち破ったのが、ロッテの「キシリトールガム」です。歯の再石灰化を促すキシリトールを配合したガムによって、食後にガムを食べる習慣をつくることに成功しました。「このガムは歯にいいです」とメーカーが主張しても誰も信じなかったはずですが、キシリトールというReason to believeによって虫歯を予防したいと思うユーザーとガムの需要を増やしたいロッテをガムのように、よく密着させました。さすがガムを製造する会社です。

企業の強み・思い:
全入時代に中堅大学という立ち位置に甘んじず、
独自のポジションをとる必要があった

 文部科学省によると、1990年には約205万人だった18歳人口が、2014年には約118万人にまで減少してしまっています。さらに、人口が減少しているにもかかわらず、私立大学の数は逆に増えていることから、全入時代に突入するといわれています。

 近畿大学は関西の中堅大学です。「関関同立」といわれる関西学院大学、関西大学、同志社大学、立命館大学という関西私立のトップ校があるなかで、長らく近畿大学はその下というポジションだったのです。

 もちろんここで偏差値という軸で勝負をしても分が悪く、このポジションからどう抜け出すかが課題でした。

 そこで「実学教育」というポジションで訴求していましたが、受験生はどうしても偏差値、就職率、ブランドで判断しがちなため、実学というメッセージは、受験生との接点をつくるうえでそこまで強固ではありませんでした。

生活者の本音:
自分で選んだ大学に通っているという誇りを持ちたい

 近畿大学が2013年に行ったアンケートでは、新入生の3割が第一志望に受からずに、第二志望の同校に入学していることがわかりました。

 第一志望に合格していれば自分も誇りを持てますし、周りからも一目置かれます。しかし、第一志望に落ちて入学すると、「晴れて大学生!」という気分にはならず、合格しなかった大学への未練がたらたらで、入学した大学への愛着が持てないという問題がありました。

重なりの発見:
実学教育としての「近大マグロ」

 世界で初めてクロマグロの完全養殖を成功させて生まれたのが、「近大マグロ」です。多くの研究所があきらめるなか、30年以上辛抱強く研究を重ね、実現しました。今までも「実学教育」を打ち出してきましたが、いまひとつ他の大学との違いがわかりにくく、受験者や近大生にとって実学教育は信じきれるストーリーになっていませんでした。

 しかし、この近大マグロが生まれたことで、実学教育に信じられる根拠が生まれたのです。その結果、「偏差値ではない軸で勝負したい」近大と、「納得感を持って大学を選んだという誇りを持ちたい」受験生の重なりが生まれたのです。

 ただ、「たまたま近大マグロが成功したから」だと分析してしまうと、この事例を見誤ってしまいます。

 近大は医学部や薬学部もある、関西では珍しい総合私大として基盤を固め、終戦間もない時期に水産研究所を立ち上げました。食糧難対策として養殖に取り組んできた実績があったからこそ、実学教育という言葉に重みがあり、近大マグロが生まれたのです。

 2003年には株式会社アーマリン近大というベンチャーを立ち上げ、近大マグロの出荷を始めました。また、2013年には養殖魚専門料理店「近畿大学水産研究所」を東京・銀座、大阪にオープンし、学生も運営に携わっているのです。

 まさに実学教育ですね。今では東京のトップ私大を抑え、志願者数は全国でいちばん多い10万5890人にまで伸びています。


参考文献
・近畿大学について ホームページ 
・『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(内田和成著、日本経済新聞出版社)
・「18歳人口と高等教育機関への進学率等の推移」、内閣府