タイが模索する「第三の道」

 実は、コンキアットの例に見るように、東南アジア諸国の中で、社会企業のムーブメントがいち早く定着しつつあるのがタイだ。世界に先駆けて社会起業家というコンセプトに着目し、その支援を始めたアショカ財団の影響も大きい。

 しかし、むしろ注目すべきは、「半官半民」の制度の中で社会企業が制度的にも取り入れられつつあることだ。

 この流れの中、現首相(記事執筆時点)アピシットの参謀として活躍する起業家がスニット・シュレスタだ。スニットは、タイの若手を代表するリーダー格であり、社会的企業の役割に学生時代から関心を持ち、この分野に挑戦している男だ。

 彼は僕の問いに誠実に答えてくれた。

「このクーデターをどう思うの?」
「タイ人は争いを好まない。これは、あくまで政治的な問題だ。いままで、あらゆる対立が起きたが、ほとんど流血事件には発展しなかったよね。これは、極めてポリティカルな問題なんだ」
「クーデターの背景にある地域間格差については?」
「市場による問題解決には限界がある。行政ができることも限られている。だからこそ、社会企業が重要なんだ」

 彼はマイクロファイナンス、持続可能な農業、再生可能なエネルギー、フェアトレードと文化資産の保護、インターネットを活用した社会的問題の解決まで、幅広い活動を実践し、これまで20社の社会企業に対して投資を行い、タイのみならず、マレーシア、フィリピン、ネパール、インド、パキスタンの6か国で社会企業を支援してきた。彼らはタイの争乱を機会に、「ビジネスとして社会問題を解決する」だけではなく、行政のあり方も含め、新たな社会像を模索し始めていた。

 彼は争乱に関して的確なコメントを残し、その上で、その真因となる問題――タイを取り巻く根深い地域間格差――に取り組もうとしていた

  このタイの事例を聞いて、何か感じ無いだろうか。たしかに、タイの経済格差は日本よりもはるかに根深く、国家の統合にすら大きな障壁として立ちはだかる。しかし、政乱の中で、新たな社会像が具体化され、40代の首相やコンキアット、スニットのような社会起業家が登壇しつつある。更に数年、混迷が続いたとしてもこの世代のリーダーとして経験は蓄積され、数十年をかけて、社会を変えていくだろう。我々はいったい、どのような社会像を目指し、この社会企業という発想をどう取り入れていくのだろうか。
  さて、次回は「中国の社会起業家」との出会いに触れる。僕はタイでの取材を終え、ラオスを経由して、中国西南部の中核都市、成都に向かった。「兎王」と呼ばれる中国の社会企業を訪れるためだ。一党独裁を続ける中国という国において何が社会的な課題とされているのか。

 

加藤徹生(かとう・てつお)
1980年大阪市生まれ。
経営コンサルタント/日中市民社会ネットワーク・フェロー。
学卒業と同時に経営コンサルタントとして独立。以来、社会起業家の育成や支援を中心に活動する。
2009年、国内だけの活動に限界を感じ、アジア各国を旅し始める。その旅の途中、カンボジアの草の根NGO、SWDCと出会い、代表チャンタ・ヌグワンの「あきらめの悪さ」に圧倒され、事業の支援を買って出る。この経験を通して、最も厳しい環境に置かれた「問題の当事者」こそが世界を変えるようなイノベーションを生み出す原動力となっているのではないか、という本書の着想を手に入れた。
twitter : @tetsuo_kato
URL : http://www.nomadlabs.jp/ (講演などのお問い合わせはこちらから)

 

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