海外の国民投票の実態
――EUでは、数多くの国民投票が行われていると聞きます。
90年以降、私は数多くの国民投票を調査・研究してきましたが、実際に現地に足を運んで取材した最近の事例を紹介すると、EU憲法を批准するかどうかの国民投票が、フランスやオランダで実施されました。また、スイスでは、女性に対する凶悪で暴力的な性犯罪者の処遇を厳しくすべしという、イニシアティブ(国民からの発議)による国民投票も行われています。
現場に行って印象的だったのは、フランス大統領みずからが「EU憲法批准に賛成してほしい。賛成しないと、フランスはヨーロッパのリーダーの地位から脱落する。ドイツにその地位を譲らなければいけなくなるから、絶対に賛成票を入れてくれ」と、投票日の2日前にわざわざTVに出てきて言ったにもかかわらず、反対多数になったことです。その5日後に行われたオランダでも、反対多数になりました。
スイスでは、議会と政府が「犯罪者とはいえ厳しさにも限度がある。刑務所から出さないようなことをしたら、ヨーロッパ人権同盟からスイスは離脱せざるを得ない。ここは冷静に反対票を投じてくれ」と訴えかけましたが、賛成票が多数を制しました。
スイスは、この時、上記のテーマもあわせて4つの項目について国民投票を実施しています。議会と政府は、「賛成・賛成・賛成・反対」と投票してくれと言ったのに対し、国民は、「反対・反対・反対・賛成」と、全く真逆の意思表示をしました。開票直後、記者会見に現れた大統領、法務大臣、総務大臣に対して、ある記者が「政府の要望・方針に対して、国民は全部ノーを突きつけた。これに責任を感じないのか」と質しました。これに対して大統領は「何が問題なんだ。全く問題はない。我々はこうしてほしいと言った。しかし国民は全く逆の答えを出した。我々は、今日から主権者が言ったとおりにするだけだ」と返しました。これがスイスの直接民主制です。「政府と議会は、一応提案はしたものの、最終決定権は国民にゆだねている。国民がノーと言ったら、ハイわかりましたで済むことだ。これを問題だという君らのほうが何もわかっていない」と言ったのです。これはすごいと思いました。
パリでも、EU憲法批准については、インテリと呼ばれている人たちはみんな賛成派でした。都市の労働者もみんな賛成です。反対派の多数は、地方に住んでいる農業をやっていらっしゃる方、工場の労働者といったブルーワーカーです。パリ第一大学の先生で、同志社大学でも教べんを執っているアンヌ・ゴノンさんは、絶対賛成だと言っていました。ところが、結果は反対多数です。
私はゴノンさんに、「今回の国民投票実施は大統領や議会にとって義務ではなかったし、議会も多数なのだから、わざわざ国民投票にかけないほうがよかったと、あなたは思っているのでは」と聞きました。 「それは違う」というのがゴノンさんの答えでした。「フランス憲法には、その第3条に、フランス人民は選挙と人民投票によってその主権を行使する旨、書いてある。だから、議会と大統領が決めるだけではなくて、こんなに大事な問題を人民投票で決めたのは間違いではない。ただし、今回の結果について、私は今でも自分のほうが正しいと思っている。それはそれ、これはこれ。自分の思うとおりにならなかったからとか、自分が正しいと信じている結果が出なかったから、国民投票をやらなかったほうがいいとは、私は思わない」と言うのです。
スイスの大統領とアンヌ・ゴノンさんの境地に、日本の政治家や言論人が立てるかどうかです。7月21日、中川正春、櫻井充ら数人の衆議院議員と参議院議員によって「原発国民投票議員連盟」が発足しました。ところが、そこの会合に出席した原発容認派の議員の中には、今やったら原発反対が多数になると二の足を踏んでいます。一方、脱原発派の人たちも、今やったら脱原発派が負ける、つまり原発推進派が多数をとる気がして怖い、危険だと言います。自分にとって有利で、自分の思うとおりの結果になるなら国民投票は賛成、そうならないなら反対という意見を言う人が、原発推進派にも脱原発派にも多いのです。そこを乗り越えてほしいのです。
脱原発運動をやりたければ、いくらでもやればいいのです。市民自治の観点や国民主権の観点で、どちらが現状で有利か不利かを超えて、この制度を導入しよう、国民投票を実施しようという気持ちに、ぜひなってほしいのです。『「原発」国民投票 』を読んでいただけると、そうなっていただけると思います。