ロシアの老人の言葉に感動する
――今井さんは、ロシアの国民投票も取材なさっていますよね。
エリツィンがゴルバチョフを引きずりおろして実権を握り、ロシアの大統領になっても、国会議員は相変わらず共産党が多数を占めていました。エリツィン自身は社会主義をやめて資本主義に移りたいのに、議会に共産党が多くて自分の思うとおりにならないことから、国民投票で国民に問うて決めようとしたのです。「社会主義をやめて資本主義に行くことについて賛成するかどうか」とか合計4つの項目について、それぞれダー(賛成)・ニェット(反対)で答えてくれと言いました。
1993年だったと思うのですが、私はこの国民投票を現場で取材していました。投票結果が出た直後に街頭へ飛び出し、こんな結果が出ましたとモスクワ市民に見せました。「これではエリツィンがのさばる」、「これなら共産党はまだまだくたばらない」等々、いろいろなことを言う人がいました。
当時、年金生活者はお金が全く入らない状態です。食べていくために、自分の持ち物をお金にかえる人たちが多かったのです。氷点下の気温の中で、立ったまま、震えながら時計を売っている70歳ぐらいのおじいさんに、「こんな結果が出たけど、どうですか」と聞いたところ、「どっちだっていい」という答えが返ってきました。「どっちだっていい」を、私は「関心がない」と言っているのだと解釈したのですが、通訳によく聞くと、それは違うということがわかりました。
おじいさんは、「結果はどっちだっていい。大事なことは、オレたちに決めさせてくれたことだ。自分はこの国に生まれて70年になるが、大事なことは全部共産党と政府のお偉方が決めてしまった。そして責任は一切とらなかった。今回初めて資本主義に行くのかどうかをオレたちに聞いてくれた。それがうれしい。そこが重要なんだ」と言ったのです。私はそれに感動して、やっぱり国民投票はいい、ぜひこういうことについて本を書きたいし、取材もしたい、調査もしたいと思ったのです。