自分の関心分野での起業にこそ
成功するチャンスがある
対象となる第一の読者は、起業家および起業家予備軍、つまりプレーヤーである。
起業家、起業予備軍というとITに精通している人というイメージを持たれることが多いが、そうでなくても問題はない。アスリートやアーティスト、職人や教師、公務員など、志と学ぶ心を持つ人ならば誰でも起業家になれると考えている。
むしろ、こういったいわゆるアナログな事業領域の方が、起業の数自体が多くないうえ、閉塞感が強く事業創造や業界の変革に対するニーズが強く存在している。またマネジメントに関する知見が不足しているため、少しでも力をつければ他社に勝ち、成功する余地は大きい。
私が手掛けた劇団経営の例を出そう。一般的に劇団の収益化は非常に難しく、多くの劇団員はアルバイトをしながら趣味として演劇を続けている。しかし私は十分に収益機会があると感じている。なぜなら東京だけで300以上の劇団が存在しているものの、そこにはマネジメントやイノベーションの概念が圧倒的に不足しているからだ。
その一方で、東京オリンピックに向けて東京を文化都市にしようとする動きが活発化しているのも追い風である。また、Netflixなどの動画サービスが普及することで、劇団の競合だった映画館など既存のデジタル系コンテンツの文化施設はどんどん力を失うだろう。
この機を捉え、私は団体を株式会社化し、みずからも出資したうえで収益化に着手した。演劇の収益化が難しいと言われる要因として、そもそも収益源を固定のチケット代金だけに限定していることがある。そこで、短期的な打ち手として、コアなファンのためのプレミアムシートを作って値段を上げた。
さらに飲食・お土産・グッズなどを入館・休憩・上映後に増やすことで、キャッシュポイント(お客さんが支払いをおこなう機会)の増加を図った。拙書『そろそろ会社辞めようかなと思っている人に、一人でも食べていける知識をシェアしようじゃないか』(アスキー・メディアワークス)でも書いたように、ディズニーランドの収益の6割はこういったお土産や飲食で成り立っている。チケット代は4割にすぎない。ロンドンやパリの劇場、ニューヨークのブロードウェイでも同様である。こういった他社、他国の手法を取り入れない方法はない。これによって収益は3割以上伸びた。
第二に演劇の大きな問題は公演期間が限られていることだ。一般的に劇団では1つの演目を5日~2週間しか公演しない。これではコアな劇団ファンが口コミで来るだけになってしまう。それでは業界は伸びない。演劇業界の発展を阻害するもっとも大きな要因の1つがこの公演期間問題である。
これは劇場側の問題でもある。だから、できるだけ長期公演をおこなうことが次の改善の一手である。1つの演目をロングランにすることができれば、公演を観た人から評判が伝わり、またメディアを通して普段あまり演劇を観ない人を呼び込むことができる。
そこで公演期間を20日間まで伸ばした。中堅の劇団にとっては大きな挑戦であったが、客層が広がり、収益も拡大し、あらたな課題を発見できるなど、大きな成果を得た。演劇がデート需要まで取り込めれば最高だ。誰しもそうだと思うが、デートで観に行くものはできるだけコンサバティブ(保守的)なものを選ぶ。突然、前衛的なダンスを見せられてもその後の2人の会話が気まずくなるからだ。だからこそ演劇の内容は多くの人が満足できるようにポップにし、長期で公演することで安心感を与えることが重要だった。
このような経営改善を繰り返すことで、収益を生み、さらなる事業投資ができるというサイクルが周り始めている。そうすることで、高品質なエンターテインメントを継続的に生み出すことができる。次は劇場コンプレックスを作り、客が入っているうちは公演を続ける、チケット代も需要に応じてリアルタイムで変動する、などの市場性を取り込むつもりだ。
このように、演劇・ライブパフォーマンス業界というアナログな事業領域でも、定石を応用することで、事業創造を図っていくことができる。取り立てて難しい話ではなく、金融や製造業などの他業界では当たり前にやっていることを移植するだけだ。
起業といってもIT分野に限定して考える必要はなく、身の回りで関心のある分野についても、事業創造の定石を学べば事業化が可能である。したがって第一の読者としては、趣味的活動を精力的に行っており、いずれそれで食べていきたいと考えているリーダーを想定している。彼らに事業を創る道筋を示すことができれば幸いである。
第二の読者層はプロフェッショナルである。プロフェッショナルとは、特定の知識を駆使して事業を成功に導く人々だ。弁護士や会計士、コンサルタント、銀行家などがいる(もちろんほかにもいる)。本連載では、なかでも特に「事業創造のプロフェッショナル」に焦点をあてる。
「事業創造プロフェッショナル」とは、起業家と違い、何度も同じ事業創造のプロセスを繰り返す人たちのことである。前著『企業分析力養成講座』(日本実業出版社)では「いい会社とは何か」を説明し、事業分析のプロフェッショナルとなるための知識を提供した。本連載では「いい会社をどのように作るのか」という観点から、事業創造のプロフェッショナルとなるための知識として、上記のプロセスを丁寧に共有できればと思う。
今までは起業というと、一般に、暗中模索の辛く長い道のりであり、運よく経験のあるメンターに巡り会えた人はアドバイスをもらえるが、そのアドバイスは往々にして主観的で、必ずしも再現性のある形で体系化されていたわけではない。
そこで、事業創造の具体的な手法を体系化し、「教科書」として参照していただくことで、押さえるべきポイントを事前に把握し、ひとつひとつ丁寧に事業創造の道のりを歩んでもらえればと考えている。道筋を知っていることで、少しでも事業を創造するハードルが下がればと願っている。