一方で、自分の目や耳といった五感を通じて得られたインプットは、他の誰でもない、自分だけのものですから、そうしたインプットをもとにして知的生産を行えば、容易に他者と差別化することが可能になります。

 この辺りは、自分の知的戦闘力をどうやって高めるか、という大きな戦略とも関わってくる点です。たとえば、抽象化や構造化がとても上手で、他者と同じ情報を入手していても、高度な抽象化を行い、ユニークな洞察を生み出すことができる人の場合、無理して一次情報を入手しようとしなくてもいいかもしれません。

 米国のCIAやかつてのソ連のKGB、あるいはイスラエルのモサドといった諜報機関は、当然のことながら日常的に情報収集し、その分析から得られた示唆や洞察を外交や軍事に関する意思決定に用いているわけですが、実はこういった諜報機関が入手している情報のほとんどは、私たち一般人もアクセス可能な情報なのです。

 つまり、こういった諜報機関の優れている点は、インプットされる情報の量や質よりも、集めた情報から高度な洞察を得る能力、コンピューターでいうところのプロセッシングの能力にあるのです。

 同じようなことができる個人を想定してみた場合、その人にとって「一次情報」を集めることのプライオリティはそれほど高くないでしょう。典型的にはシャーロック・ホームズがそうでしょうか。他者と同じ情報しか持っていないはずなのに、その情報を高度に組み合わせて仮説や推理を組み立てていきますよね。

 一方で、示唆や洞察を引き出すよりも、情報を集めることが得意だという人の場合、書籍やネットを通じて得られる二次情報よりも、ユニークな一次情報の収集力で差別化を図る方がいいかもしれません。

 こういった差別化の典型例がいわゆるルポルタージュ文学です。たとえばブルース・チャトウィンの『パタゴニア』や、リシャルト・カプシチンスキの『黒檀』は、極めてユニークなルポルタージュ文学ですが、そのユニークさは、それぞれ南米のパタゴニア、あるいはアフリカにおける著者の濃密な体験がもとになっており、その時代における他者とは「圧倒的に異なるインプット」が、知的生産のベースになっていると言えます。

 あるいはビジネスの世界に目を転じても、他国で起こっている構造変化を先取りすることで、知的戦闘力を発揮してきた人たちは少なくありません。

 宅急便の事業アイデアを生み出した小倉昌男氏は、米国視察の際にUPSの配送車が止まっているのを見て、事業アイデアの種を掴んだと言っていますし、トヨタ生産方式を生み出した大野耐一氏は、米国のスーパーマーケットの仕組みを視察して「ジャストインタイム」という思想を掴んで
います。

 今日でも、たとえばユニクロの柳井正氏やソフトバンクの孫正義氏が、しばしば国外の動きから経営上のヒントを得ていることはよく知られています。

どうして君は他人の報告を信じるばかりで自分の眼で観察したり見たりしなかったのですか。
――ガリレオ・ガリレイ『天文対話』より
サルヴィアチの言葉