下目黒の高級住宅街にひっそりとある「紫仙庵」。昭和27年建造の一軒家を改造した、まるで古民家のようなその佇まいは多くの人を魅了してやまない。落ち着いた雰囲気の店内、香り立つ十割蕎麦、上質な器に心尽くしの前菜。ビジネスマンの会食や接待が多いと言うのもうなずける。日々の忙しさを忘れ、蕎麦屋酒を楽しみたい。
下目黒の奥まった高級住宅街に
昭和27年建造の一軒家を改造した店がある
目黒駅方面から目黒通りの油面の信号を左に入る。その細い路地は、目黒通りが混むとタクシーなどが抜け道によく使うらしい。車一台がようやく通れるほどの一方通行の路で、周りは下目黒の高級住宅街だ。
その路地をゆっくり走る抜けるタクシーの窓から見える「紫仙庵」。「こんなところに手打ち蕎麦屋があるのか」と気づいた数寄者の客がやってくる。
その店構えには、ここを通る者がつい惹きつけられてしまう魅力的な雰囲気がある。「紫仙庵」とはそんな蕎麦屋だ。
蔦の葉がびっしりと絡み門の横塀を覆っている。覗くと「手打ち蕎麦」と小さなたて看板がある。庭には古木が数本、鬱蒼と葉を持って陰影を作っている。
「紫仙庵」は亭主の宮下和夫さんが、実家を改造して開業した。建造は昭和27年。
材木が不足した時代、宮下さんの母親の実家である材木商に無理を言って材料を調達してもらい、当時としてはモダンな住宅を建造した。
まるで、古民家を移築したような趣の一軒家が下目黒の奥まった住宅街にあるのだから、ぱっと目を惹いてしまう。
その風情は人居を離れた寂獏としたものがあり、玄関の戸に手をかけたものの、入っていいものかどうか躊躇して、一度目は帰ったお客もいたという。しかし、思い切って戸を開けてみれば、中から掛かる「いらっしゃいませ」という明るい声に、どこかほっとした気持ちで足を踏み入れることができる。
店内は4人掛けテーブルが2席、広い座敷に座卓が一つ、贅沢に客を迎える空間となっている。テーブルも座卓も漆黒、穏やかな空気が支配していて、小津安二郎が描くモノトーンの映像を見るようで、時間が止まっているようだ。