ロボティクスの専門家である著者:中嶋秀朗氏と、「LITALICOワンダー」という子ども向けのロボット、プログラミング教室などを運営している、LITALICO代表取締役社長の長谷川 敦弥氏。それぞれ、現在、どのようにロボットとのかかわりを持っているのか、対談をしてもらった。(全4回)
取材・文/黒坂真由子、写真/宇佐見利明

なぜか根強く残る「根性論」

長谷川:日本の電動車椅子が普及しないのは、日本に根強く残る根性論がベースにあると感じています。そのベースの上に医療の問題がある。

アメリカでは電動車椅子は広く普及していますが、日本の電動車椅子の利用者は、1割以下です。理由として、手動の車椅子が使える人は「リハビリも兼ねて」手動の車椅子を乗るように指導されるから、ということもあるようです。

「体力作りも兼ねているんだから、ちゃんと手動に乗りなさい」という意味があるようで、これってすごくおかしいと思いませんか?この状況を僕らに置き換えたら、「職場まで電車を使わずに走っていけ」ということですよね。「それはあなたたちの健康のためにもなっているんです」と(笑)。

中嶋:たしかに、置き換えてみるとそうですね(笑)。

長谷川健康のために体を動かすという話と、通勤を含めた移動という話は分けて考えなくてはなりません。アメリカでは体に障害のある人のジムが用意されています。通勤は電動車椅子、体はジムで鍛える。それがバリアフリーな環境ではないでしょうか。

似たような話は他にもあって、私の知り合いの脳性麻痺の女性は、仕事でパソコンの入力業務を行なっているのですが、ヘッドギアをつけて、首をふりながら作業をしているのです。現在では眼球の動きを使って入力するパソコンがあるのですから、それを使えばいい。しかし首が動かせるその女性には、その機械を購入するための助成金が適用されないのです。首と頭が動くのだから、それで必要十分だという考え方です。

中嶋:必要最低限のものにしか、助成金は適用されないのですね。

長谷川:そうなんです。高価、ハイテクなものに対してお金が出ないのです。「首が動くんだから、それで充分」という考え方が、ハイテクな医療機器やロボットの普及を邪魔しています。

中嶋:ロボット車椅子の普及や、ロボット義手、義足の普及のハードルは、その辺りの考え方にありそうですね。

長谷川:そう思います。いくらいいロボット義手、義足が出ても、現状では補助金は出ないはずです。安価の物があるから、そちらを使いなさいと。しかし、例えば普通の義足は、利用者の体力を大幅に奪います。でも最新のロボット義足を使えば、私たちが普通に歩くのと変わらないくらいの体力で済むのです。「歩ければ十分」という考え方では、いつまでたっても義足や義手の利用者は、楽しく活動をすることができません。

第4回 技術の進化を阻害する日本社会の「根性論」
長谷川 敦弥 (はせがわ・あつみ)
1985年生まれ。2008年名古屋大学理学部数理学科卒業。2009年8月に株式会社LITALICO(リタリコ)代表取締役社長に就任。「障害のない社会をつくる」というビジョンを掲げ、障害のある方に向けた就労支援サービスを全国66ヵ所、発達障害のある子どもを中心とした教育サービスを全国98教室、小中学生にプログラミングを教える「IT×ものづくり」教室(9拠点)などを展開。2017年3月、東証一部に上場。企業理念は「世界を変え、社員を幸せに」。

「楽しく」「ラクに」はダメなのか

長谷川:苦難をあえて強いるような考え方は、医療や福祉だけでなく、教育現場にもあります。例えば読み書きがうまくできないディスレクシアの子に、書けるようになるまでひたすら漢字書き取りをさせるとか。

中嶋:私の知り合いにも、ディスレクシアのお子さんを持つ方がいて、話を聞いたことがあります。脳で文字を認識する力が弱いために、漢字書き取りは非常に難しい宿題だそうです。幸い担任の先生が理解のある方で、書く漢字の数を減らして、大きく何回か書けばいい、ということになったそうですが。

長谷川:そうなんです。書けないんですよね。でも、先生方もディスレクシアのことを知らない方が多いから、「頑張れば書けるから」と言って何度も書き取りをさせる。「努力不足なんだから頑張ったらできる」と言われて、学校が嫌になってしまう子もいるのです。

「がんばれ、がんばれ」という根性論が、福祉も教育も子育てにもありすぎて、ちょっとでも「ラク」をしようとすると、ダメ出しをされてしまう。この考え方が、テクノロジーを使った社会の改善の進歩を邪魔していると思います。

困難がなくなって、「楽しくなる」とか「ラクになる」というところにも、ロボットを使っていいはずです。車と同じです。もちろん歩かなくなって怠け者になる人はいるかもしれませんが(笑)。それ以上に楽しくなって、ラクになったじゃないですか。

中嶋:歩かなくなった人は、スポーツジムに通うという発想になりますね。そこに新しい事業も生まれました。

長谷川:わざわざお金を使って走るなんて、1000年前からしたら考えられないことでしょうね。