特別養護老人ホームで働く市場原理
実際、労働力の需給バランスによっては、労働者のほうが上の立場に立つケースも少なくないでしょう。
典型的な例として挙げられるのが特別養護老人ホームです。重度介護者のお年寄りを24時間態勢で介護する老人ホームは、慢性的な人手不足に苦しんでいます。
賃金に不満がある労働者のなかには、賞与をもらったとたん退職する人も少なくありません。そしてハローワークの求人情報を見て賃金を比較し、いちばん高い給料を払ってくれる老人ホームに就職していくのです。
いきなり人手が足りなくなってしまった使用者は賃金を上げざるを得ないでしょう。こうして老人ホームの賃金はどんどん上がっていきます。
もちろん、人件費の上昇にともなって老人ホームの収益が増加すれば問題はないのですが、利用料金をむやみに上げて収入を増やすわけにはいきません。つまり人件費の支出が増えても、一定の収入しか得られないのです。
こうした現実を考えると、特別養護老人ホームにおける使用者と労働者の立場は少なくとも対等、もしくは逆転しているといえるのではないでしょうか。
使用者と労働者の立場が逆転しているのは、特別養護老人ホームに限ったことではありません。塗装業や溶接業など、厳しい肉体労働が伴う職場でも慢性的に労働力が不足しています。
こうした職場では、厳しい仕事を与えると労働者がすぐに辞めてしまうため、使用者は労働者に気をつかいながら仕事の指示を与えることになります。高い賃金を払いながら、労働者のご機嫌をとらなくてはならない使用者にしてみれば、自分のほうが上の立場にあるとはなかなか思えないでしょう。
しかしその一方で、かなり安い賃金で雇用されている労働者がいるのも事実です。
たとえばエアコンが効いているオフィスでのデスクワークなど、比較的楽な仕事は人気があり、安い給料でも働きたいという人はたくさんいます。美容師やネイリストなど、若者に人気のある職業の労働条件も決してよくはないでしょう。
要するに労使の力関係は、労働力の需給バランス、市場原理によって、業種ごとに大きく変わってくるのです。
高度経済成長を遂げた日本の産業構造は、労働基準法が制定された時代とは大きく変わりました。第一次産業、第二次産業から第三次産業へと産業がシフトし、しかもその中身は細分化されています。工場労働者の保護を目的とした労働基準法で、すべての業種、職種を規制するのは難しいと言わざるを得ません。