資産運用のロボアドバイザー「WealthNavi(ウェルスナビ)」のサービスは、ゼロからどのように作られてきたのでしょうか? 創業から間もなく3年が経ちますが、代表の柴山和久CEOは、スタートアップには独特の「ものづくり」が息づいていて、ウェルスナビでも日々それを実感している、と言います。彼らがビジョンとして掲げる「『ものづくり』する金融機関」として、その両輪となっているのは日本の製造業で発展してきた現場主導のものづくりと、時にはピボット(ビジネスモデルの転換)も辞さない大胆で迅速な経営判断です。今回は、特にスタートアップがイノベーションを主導するフィンテックにおいて、どんな「ものづくり」が実践されているのか、ウェルスナビの内実を事例にまとめてもらいました。
新しいサービスをゼロから作るには?
世界水準の資産運用を誰でも利用できるようにするロボアドバイザー「WealthNavi(ウェルスナビ)」は、まったく新しいタイプの金融サービスのひとつです。
創業のきっかけは、私が前職でウォール街に本拠を置く10兆円規模の機関投資家による資産運用のアルゴリズム作りをサポートした経験から、テクノロジーを最大限活用して、誰でも世界水準の資産運用を利用できるようにしたいと考えたことです。日本の両親と米国の義理の両親が同じような年齢・学歴・職歴なのに金融資産に10倍もの差があり衝撃を受けたことも、日本で起業する大きな後押しとなりました。
WealthNaviでは、忙しく働く世代でも世界水準の資産運用を利用できるようにと考え、資産運用の全プロセスを可能な限り自動化しています。実際にユーザーの10人中9人が20~50代であり、働く世代の資産運用をサポートしています。
働く世代にフォーカスした全自動の資産運用サービスは、日本では昨年(2017年)から本格的に普及しつつあり、アメリカでも登場してからまだ10年しか経っていません。このため、まだまだ発展途上のサービスです。スマホにたとえると、初代iPhoneどころか、iPodくらいのイメージでしょう。これから数年でどんどん進化していくはずです。
ロボアドバイザー「WealthNavi」という、日本はもちろん世界的にも新しいサービスを、自分たちの手でゼロから作っていくためにはどうしたらよいのか。
この答えが、「『ものづくり』する金融機関」というウェルスナビのビジョンです。
ウェルスナビでは、エンジニアやデザイナーをはじめとするクリエイターが、チームメンバーの半数以上を占めています。ものづくりの担い手が主体のチームであれば、改善すべきポイントは日々上がってきますし、対応に向けてすぐに動き出すことができます。ユーザーのニーズに応え、新しい金融サービスを作っていく上で、現場主導のものづくりは不可欠です。
現場主導のものづくりは、日本で生まれたと言われています。第二次世界大戦後、日本企業が台頭するまで、世界の製造業をリードしていたのはアメリカの自動車産業でした。自動車産業の誕生によって、数百人、数千人が力を合わせてひとつのプロダクトを作ることが当たり前の時代になり、「マネジメント」という新たな概念も誕生しました。
しかし、当時はマネジメントの対象は経営陣とその周辺に限定されており、ものづくりの現場までは含まれていませんでした。たとえば、当時のトップ企業だったGM(ゼネラル・モーターズ)は、不況になると工場で働く人をレイオフ(一時解雇)することで、需給を調整していました。経営陣が現場を訪問するときは高級車で工場に乗り付け、工場の幹部とだけ話して帰っていったと言われています。
対するトヨタなどの日本の製造業の経営陣は、ものづくりの現場である工場をむしろ価値の源泉ととらえ、高品質かつ低価格の製品を世界中に送り出し、アメリカの製造業を超える競争力を持ちました。工場で働く人の「カイゼン」が品質を上げ、結果的に製造コストを下げ、より安全で品質のよいクルマを生み出す、というサイクルを創り出したのです。よく知られている通り、トヨタの経営陣は現場と同じ作業着で工場を訪問します。
ウェルスナビは製造業ではありませんが、サービス開発の現場が価値の源泉であるという点は変わりません。現場主導のものづくりを通じてサービス改善を繰り返すことで、高品質で低価格の資産運用サービスを作ることが目標です。
ただし、スタートアップとしてイノベーションを起こしていくためには、ボトムアップ型のものづくりに加えて、トップダウンのマネジメントも不可欠です。
ボトムアップ×トップダウンを掛け合わせる
2016年7月に正式リリースしたとき、WealthNaviは「100万円から」利用できるサービスでした。最低投資金額をあえて高く設定することで、お客様にきちんと検討して選んでいただく。さらに、お客様の高い期待に応えることでサービスを進化させ、高機能・高品質のサービスを作っていく、ということを目指しました。
当時は、2016年9月に日本経済新聞社と金融庁が「フィンテック・サミット」を初めて共催するなど、フィンテックへの追い風が吹いていました。追い風に頼ることなく、あえて自分たちに高いハードルを課して、高品質・高機能のサービス作りを目指したのです。ロボアドバイザーとして国内初の積立サービスや、クイック入金サービス、国内最速での出金(現金化)などの機能を充実させました。日本で初めて、資産運用のアルゴリズムのホワイトペーパーの公開にも踏み切りました。そして、一時はユーザーの90%を投資経験者が占め、サービスへの要求水準が高いユーザーに選ばれるサービスを作ることができました。
その後、より幅広い層に使っていただくため、マーケティングチームが中心となって、最低投資金額を「30万円から」に引き下げました。さらに2018年2月には「10万円から」になりました。いずれも現場が大きな役割を果たしましたが、30万円化が主に現場主導でうまくいったのに対し、10万円化は一つのチームだけでは完結せず、経営判断を伴う全社プロジェクトとなりました。
「10万円化」を初めに提案したのは、ユーザーのデータを普段からよく観察しているマーケティングチームでした。国内で最大のシェアを持つロボアドバイザーとして、若い世代や「投資が初めて」という層に広くアプローチしたいというのがその理由でした。
しかし資産運用のアルゴリズムを担っているクオンツチームから「10万円からだとポートフォリオ(資産の組み合わせ)が崩れてしまう」と指摘が上がりました。というのも、WealthNaviはユーザー一人ひとりに合った資産の組み合わせで、ETF(上場投資信託)を買い付けています。しかし、ETF(上場投資信託)の買い付けの最低単位は安いもので数千円、高いものでは1万円を超えており、各銘柄を1つずつ買い付けるだけでも数万円になってしまいます。このため、全体で10万円だと最適な割合で買い付けることができずにバランスが崩れてしまう、というのがクオンツチームの指摘でした。
最適な割合を維持するためには、少なくとも30万円は必要。この問題を解決するために、金融システムチームが数ヵ月かけて新しい取引システムを開発しました。そこでは、それぞれのETF(上場投資信託)を1000分の1単位で買い付ける仕組み(端株取引)を導入しました。1万円からでないと買い付けられないETF(上場投資信託)も、1000分の1単位の取引ならば10円から買い付けられます。この方法なら、10万円はもちろん1万円でも最適な割合で資産運用を開始することできます。
開発と並行し、コンプライアンスの観点からも整備が必要になりました。ETF(上場投資信託)を1000分の1単位で取引する場合には、金融商品取引法上の取引のタイプが変わってくるためです。コンプライアンスチーム(法務部門)や専門の弁護士も含めてさまざまな見直しを行い、規制当局にも事前に説明することになりました。
「30万円から」を「10万円から」に引き下げるのは、「100万円から」を「30万円から」に変える時とは異なり、全社プロジェクトとして企画し、実行することになりました。多くのリソースをかけたプロジェクトをそもそも実行するべきかどうかを決断し、迅速に動かしていくのは何といっても経営陣の役割です。「10万円から」に引き下げる経営判断では、資産の多寡に関係なく、働く世代が世界水準の資産運用を利用でき豊かになれる社会を築く、という企業理念に合致していることが決め手となりました。
組織の縦割りによる弊害を打ち崩すリーダーシップ
事業を新しく始めるときだけでなく、事業やプロジェクトから撤退するときにも、経営陣の決断が問われます。
WealthNaviにも撤退の経験があります。正式リリースからさかのぼること半年、招待制でベータ版をリリースしたとき、WealthNaviには「一任型(投資のアドバイスから取引まですべて自動で行う)」に加え、「提案型(投資のアドバイスをするだけで、提案された取引を実行するかどうかはその都度お客様が判断する)」のサービスがありました。
事前の調査では「提案型を使いたい」という声が大多数だったためです。しかしベータ版でユーザーの93%が一任型を選んだため、経営陣は「事前の調査では“すべて自動”がどんなものか実感していなかっただけだ」と確信しました。そこで、提案型をベースとしたそれまでの開発からピボットし、サービスを一任型に絞るという決断をしたのです。提案型のサービスからは、2016年7月の正式リリースを前に、完全に撤退しました。
振り返ってみると、一任型に絞るという決断は、「働く世代に豊かさを」というミッションを実現させるための大きな転換点でした。
ものづくりの現場を生かす傍らで、経営陣はピボットも辞さず迅速に決断し続ける。これはスタートアップ、あるいは大企業や大きな組織の中でイノベーションを起こそうと試みているチームに必要な要素だと思います。
現場主導のみで経営陣の決断がないと、サイロ(組織が縦割りで連携できない状態)が生じ、個別最適化にとどまってしまうリスクがあります。サイロは大きな組織や企業体によく見られますが、イノベーションを起こし続けたいスタートアップにとっては致命的です。
ウェルスナビでは、現場と経営陣とのコミュニケーションがスムーズにいくよう、気を配っています。約60人のメンバーは、エンジニアやデザイナー、マーケターといった職種に関係なく、全員が同じフロアで仕事をしています。CEOである私も、システムの最高責任者であるCTOももちろん同じフロアに座り、ジーンズ姿で椅子を持ってメンバーの間を歩き回っています。
新しい産業として注目されているフィンテックですが、その裏側にはスタートアップならではの「ものづくり」が息づいています。ウェルスナビならではの「ものづくり」をどう守り、育てていくかが、私にとって挑戦しがいのある重要な課題だと思っています。