なぜ経営は「デザイン」に傾倒し始めたのか?
デザイン・シンキングが注目されるようになったのは、実はこの数年のことではない。既に20年近く前から始まっていた。
具体的には戦略コンサルティングファーム大手のマッキンゼー&カンパニーが1990年代に大量にデザイナーを採用したことが、最初の動きだ。
さらに2000年代に入ってから、同じく戦略コンサルティングファームのモニターグループが次々とデザインファームを買収したことがあった。
モニターグループは経営学者であるハーバードビジネススクール教授マイケル・E・ポーターが設立したファームとして知られるが、実はこの経営のデザインへの傾倒には、マイケル・E・ポーターも絡んでいる。と言っても、ポーター自身が関わっているということではない。
1990年代後半の米国の企業戦略分野の学会において、「ポーターVSバーニー論争」というものが繰り広げられた。日本では2001年5月号の「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」誌に岡田正大氏(当時、慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師)の「ポーターVSバーニー論争の構図」と題した論文が掲載されて有名になったので、ご存知の方も多いかもしれない。
企業の競争優位の源泉として、ポーターは、自らが利益のあがりやすい構造を持つポジションを選択し、そこに経営資源を投下するという「ポジショニング戦略アプローチ」を提唱。
対するジェイ・B・バーニーは競争優位の源泉を個別企業の特殊性・異質性に求め、いかに自社固有の経営資源を保有するかを重視する「リソース・ベースド・バリュー(RBV)アプローチ」を提唱したのだが、どちらが企業の持続的競争優位(もしくは企業業績)への寄与度が高いか論争が巻き起こった。
競争優位の源泉はポジションか強みか?
時はまさに、マイクロソフトからウィンドウズ95が発売され、インターネットが瞬く間に一般に普及していく、というインターネットの時代に突入しようという変革期。
インターネットによって、持つものと持たざるものの情報の非対称性が消失し、電子商取引により容易な市場参入が可能となったとき、ポーターの提唱する業界を軸とした自らの立ち位置により戦略を求めるというアプローチは、業界という枠組みが意味をなさなければ無用のものとなる。
例えば、同じ頃、書籍を販売する電子商取引事業者としてサービスを開始したアマゾンは、従来の書店とは異なる取引、コスト構造、競争環境にあるので、業界の中でどこに位置するかということは意味をなさない。
同じく、バーニーのRBVについても、インターネットを使った新しい業態やビジネスモデルの登場によって、自社の独自優位性を担保していた経営資源が、単なる重荷になってしまった場合、まったく的外れなアプローチとなってしまう。
同じくアマゾンを例に取ると、旧来の書店にとっては競争優位の源泉であったはずの店舗網や店舗当たりの床面積のような自社の経営資源も、アマゾンにとっては邪魔なものでしかなく、これを後生大事に守り続けようとすれば、競争優位性を瞬く間に失うことになるのだ。
そこで注目されたのが、デザイン・シンキングのアプローチである。デザイン・シンキングは、企業としての業界ポジショニングや、自社の経営資源を考える以前に、まずは自らの顧客(消費者・ユーザー)のことを考える。
アマゾンでたとえると、本をどう売るかを業界における自らの立ち位置や、競合と比較した場合の強みは何か、から考えるのではなく、本を必要としている人の立場になって、その人にとって最も良い「本の提供の仕方」を考えることが最強の競争戦略となるのである。
デザイン・シンキングはディスラプター(破壊者)の競争戦略そのものなのである。