「いい声」を出すためには「腹式呼吸が必須」といわれます。でも、本当にそうでしょうか。メディアトレーナー、ボーカルディレクターとして、芸能界のトップアーティストを指導する「表現」のプロである中西健太郎さんは「むしろ一般の人にとっては弊害もあるのでは」と腹式呼吸神話に疑問をもっています。新刊『姿勢も話し方もよくなる声のつくりかた』より、「いい声」を出すために腹式呼吸にこだわりすぎないほうがいい、その理由と、呼吸を安定させるために効果的な練習法をご紹介します。

 「いい声」を出すためのカギは「姿勢」と「呼吸」にある、とお伝えしてきましたが、「呼吸」といってよく生徒さんにお伝えするのは「腹式呼吸にこだわりすぎない」ということ。

 なぜだと思いますか。
 というのも、腹式呼吸は、呼吸の一部でしかないからです。構造上、腹式呼吸のときも胸式呼吸を併用しているんです。
 腹式呼吸をするときは、横隔膜が下がることで肺の圧力が下がって(減圧)、高い圧力の外から空気が肺に飛び込んできます。そうすると、胸郭が広がりたくさんの空気を取り込むことができるのです。お腹に空気は入りません。腹式呼吸、胸式呼吸と両方でよい発声が生まれています。
 プロの歌手であれば、横隔膜をグッと下げる技術も必要ですが、一般の人の普段の発声において強迫観念のように腹式呼吸を意識する必要はないと思います。
 犬がワンと鳴くときに「横隔膜を下げて」なんて思わなくても、元気よくかわいらしい、いい声で鳴きますよね。だから、呼吸だけに固執しないようにしてください。

 そして、腹式呼吸だけを意識していると、余計なところに力が入って、声がかえって響きづらくなったり、下手な舞台役者のような発音になりやすいのでお勧めしません。
 ときどきテレビや舞台で見かけることがあると思うのですが、「はっはっはっはっはっ」というような空笑いや感情が乗らない声になってしまいます。

 腹式呼吸を意識するよりも、先ほどお伝えしたように、自然にゆったりと吸い込んで息を吐く。結果、楽器を吹くように声を出せるようになることが、いい声への近道です。ただし、吸うことを考えすぎたり、吸おう吸おうと無理に努力しないことです。人間は息を吸わないと死んでしまいますから、限界がくる前にひとりでに吸います。
 次のように呼吸をトレーニングすると、自然に深い呼吸になります。

 まず、美しい姿勢を取って、口は大きく開かずに「フーッ」とひと続きに息を口から細く長く気持ちよく吐ききってみてください。このときも、決して無理に力を入れて吐ききろうとせず、気持ちのいい範囲で吐ききってください。
そして、吐ききったところで、力を抜いてください。すると、呼吸が自然に戻ってきます。このトレーニングをやるだけで、呼吸が深く安定してきます。

 「吸気」とは吸う息のこと、「呼気」とは吐く息のことですが、僕がよくボイストレーニングの生徒さんに伝えるのは「吸気は呼気の場所に戻る」ということです。
 息は速く吐けば速く戻り、深く吐けば深く戻ります
 「曲調が速く、息をきちんと吸えません」という人がいますが、それは自分から息を吸いにいっているためです。速い曲なら速く息を吐いているわけですから、力を抜けば息は勝手に速く戻ってきます。
 人間は3~4リットルの排気量がありますが、日常で使うのは500ミリリットル程度なのだそうです。ということは、古い空気がたくさん体内にたまっているかもしれません。だから、呼吸をしっかりして換気をしたほうが健康にもいいのです。

 このトレーニングも、できれば「ここは広くて天井が高くて明るい。気持ちがいい」と思いながら行ってください。1日数回、苦にならない程度でいいので、やってみてください。
 家の中でも、電車待ちをしながらでも構いません。呼吸が安定すると、声に効くばかりでなく、体の循環をよくしてむくみなどが改善されることで自然治癒力も高まり、体のリズムもよい方向へ変わってきます。