「新規加入」の方が重要という
考え方が主流の社内

 解約防止部の業務をスタートして1ヵ月で、まだ何の実績も出しておらず、予算を取りに行くには早すぎるタイミングだとはわかっていました。ただ、顧客動向を把握して、あまりの解約数の多さと、その増加スピードを目の当たりにしたことで、早急に取り組むべきだと考えたのです。

 しかし会議で私が言った「新規獲得にあてているコストの一部を解約抑止にあてましょう」という発言は、新規獲得を担当する営業部門をいたく刺激する結果となりました。

 どんな組織でも同じですが、よその部署が自部門の予算に手を伸ばしてきたら内容の如何を問わず拒否したくなるのが普通です。「実績も確証も無いのに、営業の金に手を出すな」というのは、ごく普通の反応だったかもしれません。

 さらに営業部門が拒否反応を示した背景には、それまでの営業手法に対する自信があったのです。

 開局から約10年間は、代理店などの流通に手数料などを投下し、デジタル放送のスタート以降は個々の顧客も値引き施策で誘引して新規加入を伸ばしてきました。その手法が奏功したからこそ、利用者が誰もいなかった有料放送市場に、200万件を超える加入者を持つWOWOWが誕生し、20年以上維持されてきました。
 時代が変わり、市場が変化しても、その成功体験を超えられる営業手法など考えられない、というのが当時の大方の反応でした。

割引施策がやめられない

 また、実際に、従来のやり方でも、獲得後の解約増加に目を向けなければ、見かけ上は新規契約がとれていたという側面もありました。

 2000年代前半、総加入件数は前年を下回り続けていましたが、新規加入数は2006年度に大きく増加し50万件を超えています。「新規加入数の増加がすべてを解決する道」と考える人々にとっては、何の文句があるのかという数字です。

 実際は、視聴料割引キャンペーン終了に伴う解約増加が利益を減少させていたわけですが、それも致し方ないのだろうと多くの社員がとらえていました。営業手法を変えて解約を減らし、顧客構造を改善するという発想は生まれていませんでした。

 しかし一体、何のためのキャンペーンであり、何のための新規加入の獲得なのか。
 割引施策で加入した人の解約率が高いということは、その人たちが満足感を持てなかったということを示しています。
 投資対効果が低く財務的にも悪影響のある割引施策が、加入者の満足にもつながっていないにもかかわらず、なぜ続けているのか。

 開局以来の成功体験に則った手法に対する自信の強さが、それ以外の方法を考え変革することを阻んでいたのだと思います。解約抑止に社全体の関心を集め、解約抑止策を大きく展開するには、まだハードルが残っている状態でした。

(続く)