今、顧客減、会員減に悩んでいる企業は多い。中でも定額課金=サブスクリプションモデルで利益を上げている場合には、会員取得ばかりに目を向けて、離れてしまう顧客には、なかなか有効な手を打てない現状だ。
元WOWOWグループ初の女性取締役であり、顧客を引き留める「リテンションマーケティング」で実績を上げた大坂祐希枝氏が初の著書である『売上の8割を占める 優良顧客を逃さない方法 利益を伸ばすリテンションマーケティング入門』を発売。
この連載では、この著書から一部抜粋してご紹介する。
変化を阻む成功体験
マーケティングコンサルタント
元株式会社WOWOWコミュニケーションズ取締役営業本部長。東京学芸大学卒業。日経ラジオ社に入社後、開局前年の東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYOMX)を経て、その後、有料放送であるWOWOWに転職。2006年、視聴契約の解約増加による4年連続加入者減少が続いたために新設された、「解約防止部」の初代部長に就任。顧客を引き留めるリテンションマーケティングを実施して加入者数減に歯止めをかけた。その後マーケティング局長に就任し、新規獲得からエンゲージメントの全体を担当。2014年WOWOWコミュニケーションズ取締役に就任。WOWOWグループ初の女性取締役、かつ男性中心の放送業界において希少な営業部門の女性取締役となった。2016年退社。現在、東証一部上場の学習塾最大手、明光ネットワークジャパンの執行役員を務めるほか、「優良顧客とともに歩むリテンションマーケティング」に関する講演、執筆に活躍している。
前回(第5回)は、顧客数が伸びなくなったらしてはいけない5つのことを、当時のWOWOWの状況と合わせて、ご説明しました。
解約が増加しているという事態に気づいたら、次に大切なのは、自社の状況を俯瞰して、顧客減少に関わっていると思われる事象を洗い出すことです。
そして小規模でもよいので解約防止の成果につなげられそうな施策を作り、早く手をつけることになります。
WOWOWの場合も、初めの一歩は解約防止部が成果につながる動きをスタートさせたことで、その「小さな変革の芽」が後に構造を変えることにつながりました。
しかし私も最初から、自分たちの施策が解約抑止のポイントを押さえていて、その後の「変革」につながる自信を持てたわけではありませんし、関係者の理解もすぐに得られたわけでもありませんでした。
社内は相変わらず「販促費を追加して新規加入を増やすしかない」という過去の成功体験から離れられない人が大勢を占めていたからです。
あきらかに解約抑止に
予算をかけたほうが効果的
その頃のWOWOWは、既存顧客の維持にはあまりコストをかけていませんでした。
けれども冷静に数字をみるとあきらかに解約防止の方が効果があります。
たとえば2007年度のWOWOWの月間平均解約数は約4万6000件(年間解約数約55万5000件の1/12)。視聴料は月額2300円(税別)ですから、この4万6千人の視聴期間が1ヵ月延びるだけでも1億円以上の収入増になる計算です。
それに対して、月間平均解約数と同じ約4万6000件を新たに獲得しようとしたら、宣伝費や販促費は1億円では足りません。
解約抑止のコスト効率の良さはこれをみてもあきらかでした。「解約は少ない方がよい」という一般論的な次元ではなく、経済合理性の観点からも解約抑止にコストをスイッチすべきだと私は考えました。
そこで「新規獲得にあてているコストの一部を解約抑止にあてましょう」と会議で提案したのです。