「脳というのは精密機器のように複雑な臓器じゃ。脳がコンピューターだとすると、マザーボード上の無数の回路パターンが神経細胞(ニューロン)だということになる。
脳を使い続けていると、ニューロンとニューロンのつなぎ目(シナプス)に、さまざまな老廃物が溜まってくる。その代表格が、ニューロンの表面にあるタンパク質から生まれるアミロイドβじゃ。これは50歳よりずっと前から脳に溜まりはじめると言われておるぞ。

このアミロイドβというカスは、若いうちは逐次分解されて脳から一掃されるようになっている。睡眠にはこうした老廃物を洗い流す役割があるから、やはりよく眠ることは大切なんじゃな。
しかしなんらかの理由で、このアミロイドβの蓄積量が一定ラインを超えてくる。実際、老人の脳を顕微鏡で見ると、老人斑と呼ばれる茶褐色のシミが観察されるが、この大部分はアミロイドβだと言われておるんじゃ。

健康な高齢者の脳では25~30%にアミロイドβ蓄積が見られるが、軽度認知障害の人(アルツハイマーほどではないが年齢相応よりも記憶低下などがある)では約60%、アルツハイマー病患者では90%にこのカスが溜まっているんじゃ」

「きゅ、90%にカス……。たしかに、そんな脳がまともに動くとは思えないわね」

祖母の脳に、たくさんの老廃物が溜まっているのを想像すると、胸が痛くなる。

スコットはものすごい勢いで、私の知らない知識をまくし立てていく。
レクチャー中の彼はいつもとはまるで別人だ。

「さらにもう一つ、脳の老廃物として注目されるのが、タウというタンパク質じゃ。通常、タウはニューロンの形を整える役割を担っておるんじゃが、ニューロンが死んでしまうと、タウを含む骨格だけがカスとして残ってしまう(神経原線維性変化)。
タウの蓄積は、アミロイドβの蓄積よりも15年ほど遅れるため、より根本的な原因はやはりアミロイドβだという指摘もあるんじゃが、いずれにせよ、こうした老廃物が引き起こす脳の機能不全こそが、脳の老化現象にほかならないんじゃよ」

50歳と90歳、脳は150グラムの重量差!
―人間の脳は萎縮する

「老廃物だらけの脳がうまく機能しないってのは、なんとなくイメージはつくんだけど、脳にカスが溜まることと、脳の動作に不具合が出てくることって、実際はどうつながっているの?」

「いい質問じゃな、ミワ!」老人の目が輝きを増す。