願行寺(東京) 投稿者:@1031_415 [9月16日]

「仏性」を感じる日本人の心情

 今日から3連休。行楽の秋です。自然を求めて旅に出る方も多いかと思います。

 豊かな自然に恵まれた日本では、自然との接し方も、砂漠の民や極北の民とはちょっと異なります。
「いたわりは人にも物にも草木にも」

 この標語には、前回お話しした思いやりの心を持つ七施に通じるところもありますね。

 ただ、人だけではなく、物や草木にもという点が異なります。

 お釈迦さまが説かれた経典に『涅槃経(ねはんぎょう)』があります。その教えの中に、「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という言葉があります。天台宗から発して、多くの宗派で共有されている観念です。 

「一切衆生」は人間以外にも、山川草木や動物などすべての生きとし生けるものを対象にしています。「悉有」とはみなが持っているということです。何を持っているのか。それは「仏性」です。

 「仏性」とは、正直で情け深い性質として日常はとらえられますが、誰しもが備えている仏になれる本性のことです。親から「物を大切にしなさい」と叱られたとき、「物にも魂が宿る」というようなことを言われたことはありませんか?

 生物だけでなく、物に対しても「仏性」を見るのは、とても日本人的な心情ですね。

なぜ皆、わが「父母」なのか

 「生きとし生けるもの すべてみなわが父母である」という標語、こちらもほとんど同じことを言っていますね。 

 1つ異なるのは、「すべてみなわが父母である」という部分です。親鸞は『歎異抄(たんにしょう)』の中で「一切の有情(うじょう)は、みなもって世々生々(せせしょうじょう)の父母(ぶも)兄弟なり」と言われています。 

 なぜ、生きとしいけるもの(有情)はすべて父・母・兄弟なのでしょうか。

 仏教の中には縁起という教えがあります。縁起とは縁(よ)って起こる。つまり、自分は世界のあらゆるものと関わっていて、それらのおかげで成り立っているということです。ですから、お互いはいつかどこかで兄弟であったかもしれないし、親子であったかもしれないのです。そして、そういう視点を持てたとき、世界はより親しい姿を現してくれます。

 忙しい生活を送っていると忘れがちになりますが、あらゆるものへの「つながり」とそれらに対する「おかげさま」という気持ちを忘れないようにしたいものですね。

(解説/浄土真宗本願寺派僧侶 江田智昭)