良いサービスを作っても、大きく広がっていくとは限らない。雪だるまがゴロゴロ転がって大きくなるためのきっかけづくりとは? 日本の働く世代に手頃な資産運用サービスを届けるウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久さんの著書『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いたこれからの投資の思考法』の発売を記念してお送りする対談の第一弾。お相手は、印刷業界の革命児であるラクスル代表取締役社長CEOの松本恭攝さんです。松本CEOの創業当初の思いや狙い、10年経ってみての手ごたえや、両社の共通項を踏まえた成長の条件について議論が広がります。(撮影:疋田千里)

今あるものを変えていく、というビジネスの作り方

柴山和久さん(以下、柴山) 松本さんと初めてお目にかかったのは、ウェルスナビを起業した直後で、まだ社員がひとりもいなかった頃、IVS(Infinity Ventures Summit)というスタートアップの登竜門といわれる新サービス発表のカンファレンスに出たときでした。以来、ラクスルのオフィスにもお邪魔して、事業の方向性について議論させていただいたり。

松本恭攝(まつもと・やすかね)
ラクスル株式会社代表取締役社長CEO
2008年慶應義塾大学商学部卒業、A.T.カーニー株式会社入社、翌年ラクスルを設立し現任。

松本恭攝さん(以下、松本) IVSで、これまで富裕層向けだった「長期・積立・分散」の資産運用法をテクノロジーの力で多くの人に届ける、という事業アイデアを聞いて、金融の革命が起きるような、すごいサービスだなと思ったんです。ただ財務省、マッキンゼーという経歴もすごいし、少し声をかけづらいなと思ったんですけど(笑)お話させてもらいましたね。

柴山 いえ、松本さんこそ起業家として大先輩なので私からは声をかけづらく、ありがたかったです。
 「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というラクスルのビジョンは、我々ウェルスナビの事業にも通じるところが大きいと思っているのですが、このビジョンを掲げられた背景を伺えますか。

松本 もともとバックパッカーで、見たことがない景色を見るのが好きでしたし、ゼロからイチを作ることこそ、カッコいいし楽しいと思っていた、という自分の気質から出た言葉だというのがひとつです。
 もうひとつの理由には、社会の構造変化があります。1980~90年代に日本が裕福になってきた間、製造装置をどんどん設置して資産を生み出し、それを販売して収益を稼いでいました。今や当時と比べて少子高齢化が進み、所得の上昇水準も下がっているのに、世の中では依然として生産設備を作り続けて明らかな設備過剰になっており、需要と供給にギャップが生まれています。だから、供給部分は今あるものをうまく活用できないだろうか、と考えました。

柴山 日本の従来産業のほとんどで、需要に比べて供給が過剰と言えるかもしれません。

松本 この構造変化にはもうひとつ、インターネットの要素が加わります。2007年にスマホが登場し、インターネットはより身近になり、創業した2009年にはさらに広がっていくことが明らかでした。あらゆる需要の窓口はインターネットにシフトすると思ったので、オンラインで需要を確保し、今ある供給を活用できるように両者をつなぐことができれば、新しい産業のあり方に敷き直せるのではないかと考えました。それで立てたビジョンが、「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」です。今あるものを変えていく、それがこれからの時代のビジネスの作り方ではないかと思いました。

ラクスルプラットフォームの活用で成長する地方企業も

柴山 創業から10年近く経って、当時の見通しは当たっていますか。

松本 確実に世の中は思っていた方向性にあって、仮説は正しかったと思います。
 その象徴ともいえるような嬉しいことが、最近ありました。ラクスルのプラットフォームを活用くださっているパートナー企業のプリントネット株式会社が上場したんです。我々と取引する前の売上33億円から、現状では74億円(30年10月期予想)に伸びていて、そのうち3割がラクスルからの売上とか。新しいプラットフォームができて需給が結びつくことで、大きな成長を遂げる地方企業が出た。もちろん、個々の会社の戦略と努力の賜物ですが、我々が目指してきた新しいモデルが、10年経って少し形になったし、世の中に受け入れられているなと思いますね。

柴山和久(しばやま・かずひさ)
ウェルスナビ代表取締役CEOM
次世代の金融インフラを日本に築きたいという思いから、2015年に起業し現職。2016年、世界水準の資産運用を自動化した「ウェルスナビ」をリリースした。2000年より9年間、日英の財務省で、予算、税制、金融、国際交渉に従事。2010年より5年間、マッキンゼーにおいて主に日米の金融プロジェクトに従事し、ウォール街に本拠を置く資産規模10兆円の機関投資家を1年半サポートした。東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。ニューヨーク州弁護士。

柴山 上場すると雇用も安定するし、資本市場から資金が流れ込んできて投資もできるようになっていく、という新しい循環が地方にも生まれつつあるのは素晴らしいですね。

松本 インターネットが登場したことで、これまで富裕層や大企業しか使えなかったサービスのコストが下がって、中小企業や個人をエンパワーメントしていると思うんです。ラクスルが提供している、テレビCMを50万円から制作・放映するというサービスを活用くださっているのも、今までテレビCMなんて打ったことがないというお客様ばかりです。今ある供給を、テレビ制作会社の孫受けや曾孫受けをやってきた小さな制作会社に直接発注して、品質保証は我々が請け負い、ローコストで制作してそのまま地方局で映すというプラットフォームです。

柴山 たしかにそうですね。需給の話で言えば、私たちウェルスナビの事業モデルにも似たところがあります。資産運用サービスって、私たちの両親の世代は需要がなかっただろうと思います。同じ会社に勤めあげたら退職金がもらえて年金ももらえるので、資産運用する必要がなかったから。ところが私たちの世代になったら、少子高齢化で年金には頼れないし、転職が当たり前の世の中では退職金にも頼れない。いつの間にか、資産運用をやらなきゃいけない時代になってきた。
 ただし、供給側については金融業界にも印刷業界と同じような構造的問題があって、高いコストをカバーできるビジネスモデルにすると、良質な資産運用サービスは富裕層に限らざるを得ない。新しく生まれてきた需要に対し、インターネットを通じて誰でも使える新しい仕組みを提供することで、今までなかった新しいお客様、特に働く世代に提供するサービスというのは今だからこそ実現できています。