お金のことは「意識しないように、意識している」という『ファイナンス思考』著者の朝倉祐介さん。日本の働く世代に手頃な資産運用サービスを届けるウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久さんの著書『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法』発売を記念した朝倉さんとの対談では、個人的な運用方法から、お金に振り回されない方法に話が広がります。(撮影:野中麻実子)
投資した時点で、心の減損100%
柴山和久さん(以下、柴山) 朝倉さんはマッキンゼーの大先輩ですね。私は2010年入社だったから…
朝倉祐介さん(以下、朝倉) いやいや。僕は2007年入社の2010年卒業なので、ちょうど入れ違いでしたね。
柴山 今日はせっかくの機会を頂いたので、単刀直入に朝倉さんはどんな資産運用をされているかから伺ってもいいですか。
朝倉 資産運用は、9割がたがドル建てETF(上場投資信託)です。あとは、突然入り用になるときに備えて、現金を生活費1年分ぐらい置いていますけど。基本的には、資産運用しているお金は、増えたらラッキーぐらいに思って、預けたまま見ないことにしてます。ベンチャー投資も同じですね。もう投資した時点で、心の中では減損100%です。
柴山 なぜ見ないんですか。
朝倉 そもそもお金って、自分が幸せになるための「道具」であって、目的や主役ではないですよね。お金は便利で大切だけど、下手をすれば人生を狂わせかねない、怖い「諸刃の剣」だと捉えています。お金に人生をかき回されたくない、という思いが強くありますね。人が幸せになるための要素はたくさんあって、交友関係や住環境、趣味に充てる時間など…人によって優先順位は違うでしょうが、お金の増減が中心になると、人生が振り回されてしまう気がするんです。僕は自分をとても弱い人間だと思っているので、油断するとそうなりかねないと自戒してます。
株の個別銘柄も多少持っているし、取締役を務める会社もありますが、各社の株価が毎日どうなっているかなんて見ても仕方がない。コーポレートファイナンスの観点に立つと、株価を長期的に上げていくことはとても重要ですが、あくまでいい事業をつくった結果として後からついてくるものです。株価自体が目的であってはいけないですよね。その順番を間違えたくないから、なるべく意識しないように意識してます。お金は使うものであって、お金に人間がコントロールされるようになってしまったら、どうしようもないでしょう。
ネガティブな限界値を知ると心が落ち着く
柴山 逆に言うと、意識しないように意識しないと、意識してしまうってことですか。
朝倉 そうです。放っておくと意識しちゃう。去年の今頃、ビットコインがすごく上がった時、みんなあの値動きを見てませんでした? 知り合いのスタートアップにも、ビットコインですごく儲かったので辞めます、という人がちらほらいました。コツコツとプロダクトを創るのが、バカらしくなるんでしょうね。これがバブルってやつか、と思いました。
柴山 ああいうとき、すごくドーパミンが放出されて中毒症状があるらしいですからね。先ほどおっしゃっていたドル建てETFは、リバランスも自分でされているんですか。
朝倉 そうですね。あんまりしすぎないように、1年に1~2回ですかね。リバランスって、どのぐらいやったらいいんですか。
柴山 ベストプラクティスは、だいたい最大で年2回。通常は年1回のケースが多いですね。リバランスは自分でできないという人が多いですけど、さすがですね。上がったとき売り、下がったとき買い増す、というのに抵抗があって、最後に取引ボタンを押せないという方は多いんですよ。
朝倉 わかる気はします。でも、そこは会社経営にも通じるところだと思うんですが、結果が期待していたものから大きく乖離するからガッカリするわけですよね。『これからの投資の思考法』にも書いてありましたけど、最初にまず目標を決めておく、ということですが、どれだけ増えるかよりもどれだけの損なら許容できるか、を自分なりに定めておくといいのかなと思ってます。後ろ向きな性格だからかもしれませんけど(笑)、ネガティブに振れたときの限界値を知っておくと心が落ち着きます。
柴山 最悪のケースを想定しておくと、それと比べれば幸せだ、と思えるわけですね。
朝倉 会社経営と同じです。会社経営も、悪いことのほうが多いじゃないですか。でも経営者は、「事業が大成功して、みんなからすごく称賛されてハッピーになるに違いない」なんて期待してしまうから、うまくいかないときに「なんてことだ!」とガッカリくるわけですよ。
柴山 『HARD THINGS』(ベン・ホロウィッツ著、小澤隆生など訳、日経BP社)という本がベストセラーになるぐらいですからね。私もいま、起業家としては「無」の境地です。おっしゃるような、個人の運用にしろ会社経営にしろ、負の目標設定をすべきだ、というポリシーはご自身の経営経験からくるものですか。
朝倉 影響は大きいですね。そのほか友人の会社の株主総会を見ていても、株主がまさに手のひら返しで、調子がよかった前年はワーって拍手されていたのに一転、翌年に業績が悪化したら「カネ返せ!」と詐欺師よばわりされたりするのを見ますし。僕は騎手を目指していたから、つい「投資家って馬券オヤジと似てるな」と思ってしまいます。自分が賭けた馬が勝ったら「俺の眼力だ」と思うけど、賭けた馬が負けたらそれは騎手のせいで「この下手くそ!」と罵声を浴びせたりするわけです。まあ、人間というのはそういう生き物ですよね。自分もそんな人間だから、「期待しない」し「見ない」ようにしています。
赤字を明言していたメルカリが批判される構造
柴山 株主総会で思い出したのは、メルカリです。「いつになったら黒字化するんだ」という点が総会の大きな論点になったそうですが、赤字でも時価総額はすごく高くついていますよね(今年6月に上場し、時価総額は一時7000億円を超えた)。この構造は、どうとらえるべきでしょうか。
朝倉 メルカリの場合は、最初から「海外で事業を成功させるために投資する」と明言していて、赤字になることはみんなわかっていたはずですよね。そのことは、目論見書にも書いてあるし、彼らは日経新聞の全面広告まで出してそう宣言してました。もちろん、海外事業に投資した結果、うまくいくかどうかは誰にもわかりません。でも、大きな成功を目指すなら、いま変に必要な投資やコストを絞って黒字を捻出するような真似をすべきじゃない。だから、「赤字じゃないか!」と怒られても、だったらメルカリじゃなくて、NTTや東京ガスなど安定した株を買えばよかったんじゃないかと思いますけどね。
柴山 さっきおっしゃったように、期待値が合ってないわけですね。企業経営は、個人が投じたお金や機関投資家のお金で成り立っているので、私の『これからの投資の思考法』で扱っている個人の資産運用と、朝倉さんの『ファイナンス思考』で扱うコーポレートファイナンスは、まさに表裏一体ですよね。
朝倉 おっしゃる通りですね。日本で遅れていると言われる金融教育には、その二つの切り口があるんじゃないかと思います。一つは、柴山さんが啓蒙されたいような、安心して老後資金をためられる王道といえる運用手法を知ってもらうこと。もう一つは、そうして集まったお金が、企業でどう使われているかも含めて、どんなふうに世の中をまわっているのかを知ってもらうこと。両方が組み合わさってこそ、理解も深まります。
柴山 ヤフー株式会社CSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー)の安宅和人さんが財務省で1時間ぐらい話された資料にまとめてありましたけど、 日本政府の予算で一番大きく割かれているのは社会保障であり、次世代に向けた富を生んでいません。しかも、日本人が投資をせずに銀行を預けている一方で、銀行の預貸率(預金に対する貸出金の比率)は半分くらいに落ちて、日本国債を中心に投資していることで、社会保障が支えられているのです。
朝倉 本当に問題だと思います。新しいものを生み出すことに、全然お金が流れていない。官民ファンドも民業圧迫などとすごくバッシングされますけど、僕がスタートアップを経営していた2010年頃は、スタートアップに投資されるお金は今の4分の1程度しかありませんでした。自分たちが不甲斐なかったこともありますけれども、そもそもそこにお金を投じるアセットオーナーがいなかったから、ベンチャーキャピタルも資金を投じることができなかったわけですよね。お金の呼び水になってくれたという点で、アセットオーナーとしての官民ファンドの存在は大きかったですよね。今のちょっとしたスタートアップブームは、明らかにマクロ主導で生まれたと思います。(後編につづく)