「精神的」と「物理的」の二つの対策を行う

 臨在感には、精神的な感覚だけの場合と、物理的な因果関係がある場合があります。神社に参拝すれば良いことが起きる、ということに科学的な因果関係はありませんが、ある川や沼に入ると死亡すると言われた「たたり」は、目に見えない寄生虫や病原虫による物理的な因果関係があることもあります。

 ところが、臨在感を正確に分析することを今まで怠ってきたことで、日本人は精神的な問題の解決と、物理的な問題の解決を混同する傾向が強いのです。

 例えば、職場の人間関係に悩む人に、心のケアを与えることは重要ですが、単に所属部署を変えるだけで、悩みそのものが一瞬で消えてしまうこともあるはずです。

『「空気」の研究』で繰り返し取り上げられている公害のイタイイタイ病は、心のケアではなく「移住」「カドミウムに汚染された食材を食べない」という、物理的な対策を早期に取れば、被害者の数は大幅に減ったはずです。

 物理的な因果関係のある問題に、「気持ちの問題だよ」という間違ったアプローチだけを続ける者は、時に問題解決を妨げる「最大の悪」となる危険性があります。なぜなら、気持ちの問題という断定が、解決につながる物理的な選択肢を見えなくするからです。精神的な問題だという前提が空気となり、物理的な解決策の模索を妨げるのです。

 間違ったアプローチを続ける者は、問題解決への道を破壊しているのです。

「感情移入」の構造

日本人がリスク管理で抱える致命的な欠点

 日本人の、感情移入という精神性はリスク管理で致命的な弱点となることがあります。自然災害や何らかの社会的問題が発生して、さまざまな情報が飛び交うとき、日本では「不安をあおるな」という指摘が登場することがあります。

 リスク情報を大衆に知らせると、パニックを起こすのではないかという考え方で、あえて情報を隠蔽して一切教えず、結果として2次被害、3次被害と拡大させてしまう。

 心の平静を保つことと、実際の被害を防ぐ物理的な対策を混同しているのです。これは奇妙なパラドックスに思えるかもしれません。なぜなら、リスク情報を教えていないからパニックにならないだけだからです。

 しかし、パニックにならないことが、この場合は安全や冷静さを意味していません。リスクを知らず、単に自ら判断する能力を奪われた状態にすぎないからです。

 山本氏は『「空気」の研究』の第3章の最後で、「民はこれに依らしむべし、知らしむべからず(*8)」という言葉を紹介しています。しかし、健全な状態とは、リスク情報を正しく開示した上で、その情報を基に、共同体全体が問題解決できる力やリスク回避能力を高めていくことのはずです。

 情報を「与えないこと」で管理しようとする日本的な組織管理は、結局のところ破綻の可能性をさらに高めているだけです。そして、失敗の克服よりも、常に隠すことに懸命になってしまうのです。

 自らの感情、大衆の感情がどこかで現実とつながるという「感情移入」の感覚。日本社会はこの感覚を持つことで、人々に情報・リスクを教えない、リスクを常に軽く考えさせようとする、リスク管理における致命的な欠点を抱えています。

 太平洋戦争や現代の企業の不祥事、社会問題でも、同種の感覚を基にした「下の者には重要な情報を秘密にしておこう」という対処で、数々の破綻と巨大な失敗を引き起こしてきたのです。

(注)
*8 『日本はなぜ敗れるのか』P.148

(この原稿は書籍『「超」入門 空気の研究』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)