ブラフを見抜いた者が「優位」に立つ

 もっと大掛かりなビジネス交渉でも原理は同じだ。
 私にもこんな経験がある。欧米企業から損害賠償請求を突きつけられた日本企業の代理人を務めたときのことだ。

 トラブル内容の詳細を把握した結果、一定の損害賠償は避けられないケースだと判断。過去の同様の事例などを綿密に調べ上げて、もしも裁判になった場合に、どの程度の賠償金額が認められるか、その「相場観」を依頼主とも共有したうえで、相手の代理人と向き合うことにした。

 相手有利な交渉だ。
 どのくらいの賠償金を要求してくるのか、私は緊張しながらその場に臨んだ。しかし、相手の要求する金額を耳にして、思わず笑ってしまった。あまりにも高額すぎたのだ。

 もちろん、それなりのブラフをかけてくることは予想していた。しかし、できる弁護士はストライクぎりぎりのボール球を投げてくるものだが、彼のボールははるか頭上、キャッチャーも取れないような“大暴投”だったのだ。弁護士報酬は、請求金額に応じて支払われる。おそらく、自分の報酬を吊り上げるために、クライアントをけしかけたのだろう。実に愚かなことだ。

 私が笑い出すと、相手は一瞬キョトンとしたのち、「何がおかしい?」といきり立った。
 そこで私は、なおも笑いながら、即座に交渉決裂のカードを切った。

 「バカバカしい。それでは交渉にならない。どうしてもその金額を要求したいなら、提訴すればいい。受けて立つよ」

 そして、さっさと席を立ったのだ。

 こちらの「相場観」は綿密な調査に基づいていたから、杜撰なブラフは簡単に見破れる。そして、見破られたブラフほど脆いものはない。

 予想どおり、相手方弁護士は、後日、大幅に減額した賠償金の請求を再提示。今度は、ストライク・ゾーンに入るボールだったので、私たちは交渉のテーブルにつくことにした。

 そして、元来、相手優位の交渉だったにもかかわらず、愚かなブラフをかけてくれたおかげで、私は常に精神的に優位性をもちながら交渉にあたることができた。その結果、依頼主に満足してもらえる合意を獲得することができたのだ。