「AI、ロボットで雇用はどうなる?」
「インターネットが当たり前になった世界で、必要な教育って?」
「グローバル化×都市化×デジタル化で、地方にまだ可能性はある?」
「貨幣、政府、個人情報……電子化がこれ以上進んで大丈夫なの?」
「課題先進国」と言われつつも、その課題に答えを出せないまま、AIやブロックチェーンというテクノロジーの変化にのまれつつある日本。世の中を見ても、ネガティブで「つまらない」予測があふれ、身の回りには閉塞感ばかりが漂っています。
しかし、私たちと同じような課題を抱えつつも、ワクワクする未来、つまり「つまらなくない未来」を描いている国があります。
それが、エストニアです。彼らは、人口約130万人と小国ながら、ブロックチェーン技術を活用してほぼ100%「電子政府」を実現し、ユニコーンと呼ばれる評価額10億ドル以上のベンチャーを次々と排出しています。
そんなエストニアの現地を徹底取材し、孫泰蔵さんを監修者に迎えて刊行された『ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけた つまらなくない未来』より、なぜいまエストニアがこれほど注目を集めているのか、その一端をご紹介しましょう。

電子政府とエストニア版ウーバーが、
タクシー運転手に与えた「自由」とは?

 エストニアの首都タリンの海岸沿いを、筆者は取材先に向かうためにタクシーで移動していた。サングラスをかけた、50歳前後と見られる運転手が声をかけてきた。

「日本から来たのかい? いい季節に来たね」

エストニアの地図と基本情報エストニアの地図と基本情報
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 タリンを訪れた5月は、1年の中でも最もよい季節と言われる。日中はカッと太陽が照るため少し汗ばむが、朝晩は肌寒い。ちょうど夏の北海道をイメージさせるさわやかな季候だ。

 車内は軽快な洋楽が流れ、タクシーは海沿いの道をすいすいと進んでいった。窓を開けると、心地のよい外気が入り込んできた。

 窓からは、穏やかな海を挟んでフィンランドの緑の大地が見えた。直線距離は80キロメートルで、フェリーなら約2時間で着く近さだ。エストニアは、欧州・バルト海北東部に位置し、ロシアに隣接する国。「中東欧」と呼ばれる地域に位置しているものの、北欧文化の影響を大きく受けている。

 港湾都市のドライブを楽しんでいると、タクシーの運転手は意外なことを話しはじめた。

「エストニアは冬になると寒くて暗いから大変さ。だから僕はね、冬になるとアフリカのケニアに行くんだよ」

 エストニアが冬の間、運転手は兄弟が経営するケニアの会社で働いているという。

「僕はいわゆるフリーランサーさ。夏はエストニア、冬はケニアにいる。でも、心配ない。エストニアのデジタルIDカードがあれば、オンラインで行政の手続きはできるし、窓口で列に並ぶことなんてない。選挙の投票もできるから、世界中どこにいても平気なのさ」

 こちらから尋ねてもいないのに、タクシー運転手がエストニアの電子政府について語りはじめた。

 タクシーといっても、今回利用したのは、エストニア発の配車アプリ、タクシファイ(Taxify)だ。タクシファイは、東欧やアフリカを舞台に急成長中のタクシー配車アプリで、いってしまえばエストニア版ウーバー(Uber)である。

 このアプリがあれば、利用者がタクシーを使えるだけでなく、タクシーの組織に属していない人も運転手になれる。隙間時間で副業を行うこともできる。実は彼は、その1人であったのだ。

 筆者は、「寒い時期には暖かいところで働く」という、自由な働き方を一般市民が自然に行っていることに驚いた。そこで「エストニアの電子政府があったことで、あなたの生活が変わったのか」と尋ねた。

 すると、彼は迷いもなく「イエスだ」と答えた。電子政府とタクシファイが彼に「自由」を与えたというのだ。